前回の記事では、バレエは元々は男性貴族の教養・出世の道具として始まったことをご紹介しました。

ルイ14世を始めとする王侯貴族たちが宮廷バレエを踊ったことから、バレエは形を作り始めたのでした。

(男性バレエ栄枯盛衰史①)「バレエは男性のもの」・・・だったんですけど!!「バレエ=女性」と思っている方達へ。バレエは男性の教養・芸術として始まったんです♪ 「バレエは女性がやるものだから、大人の(アマチュア)男性は正直、入ってこないでほしい!!」 これは、どこかで聞いた話で...

ではそれがなぜいつのまにか「バレエ=女性」になってしまったのか??

実は「バレエ=女性」というイメージに変化したのは、19世紀前半のロマンティック・バレエの時代です。

この主役交代は、単なる舞台上の変化ではなく、当時の社会の価値観、流行した芸術思潮、そして衣装と技術の革新が複合的に影響して起こりました。

ここでは、バレエの主役が男性から女性へ移行した主な理由を3つに絞ってお話ししたいと思います。

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1. ロマン主義の流行が「理想の身体像」を変えた

フランス革命(1789年)以降、ヨーロッパ全土でロマン主義の芸術思潮が広がりました。

ロマン主義は、理性や古典的調和よりも

感情
幻想
神秘
異世界

といった、非現実的内面的な価値を重視する思想です。

この影響を受け、バレエの題材は大きく変化していきます。

それまでの宮廷的な物語や神話に代わり

精霊(シルフィード)
妖精
幽霊(ウィリ)

といった、人ならざる存在が主役となっていきました。


※上の写真:『ジゼル』を踊るカルロッタ・グリジ

ここで理想とされたのは、力強さや身体性ではなく

天使的で儚い
重力から解き放たれたような軽さ
純粋で精神的な美しさ

といった男性が愛するも手の届かない超自然的な女性のイメージです。

こうした美意識は、肉体的・物質的な要素をできるだけ遠ざけようとする流れを生み、結果として、女性ダンサーの身体が、ロマン主義的理想を最も体現する存在として位置づけられていきました。

2. 「トウシューズ」と「ロマンティック・チュチュ」の誕生

ロマン主義的な浮遊感非現実性を舞台上で成立させるために、踊りの技術と衣装も劇的に変化します。

その象徴が

「トウシューズ」と「ロマンティック・チュチュ」

の誕生です。

1832年初演の『ラ・シルフィード』では、バレリーナのマリー・タリオーニ(下の写真)が、トウシューズを効果的に用い、地上に縛られない存在を舞台上に出現させました。

爪先で立つという極めて肉体的な行為は、逆説的に、観客の目からは身体の重さや重力を消し去る効果をもたらします。

この技術は男性には難しく、女性特有の技術となったため

「トウシューズ=女性

     ⇓

「トウシューズ=バレエ

     ⇓

 バレエ女性

というイメージが強烈に結びつきました。

また、膝下まで広がるロマンティック・チュチュは、筋肉や重量感を曖昧にし、ダンサーを「人間」よりも、精霊や幻影に近い存在として見せる役割を果たしました。

こうして、技術と衣装そのものが、女性ダンサーを主役に押し上げる装置として機能し始めたのです。


※左の写真:トウシューズで立っている(ちなみにクラシック・チュチュを着用)
※右の写真:ロマンティック・チュチュ

3. 女性ダンサーが商業的な「主要商品」となった

19世紀に入ると、バレエは宮廷芸術から、都市劇場を中心とした商業的興行へと移行していきます。

この変化の中で、女性ダンサーは単なる出演者ではなく

興行の成否を左右する「主要な商品」

となっていきました。


※エドガー・ドガの絵画
 左:『舞台のバレエ稽古』(1874)
 右:『踊りの花形(エトワール、あるいは舞台の踊り子とも呼ばれる)』(1878年頃)

多くの観客、特に男性の貴族や富裕層は

技巧を凝らした男性ダンサーの踊り
力強い跳躍やテクニック

よりも

儚く美しい女性の姿
官能性と幻想性を併せ持つ女性像

を舞台に求めるようになります。

その結果、スター・バレリーナの存在が集客の中心となり、バレエの主役は市場原理によっても女性へと固定化されていきました。

ロマン主義が生んだ「精神的な理想」と、興行が求めた「視覚的・審美的魅力」が重なり合ったとき、女性ダンサーは、舞台の中心に立つ必然性を持つ存在となったのです。

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最後に

バレエの主役が男性から女性へ移行したのは、「女性の方が向いていたから」ではありません。

ロマン主義という思想
人間の身体能力を消すための技術と衣装
興行としての市場構造

これらが重なった結果、女性の身体が最も“都合のよい象徴”として選ばれたのです。

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