バレエ

「アラビアの踊り」最後のタンバリンの一音:『くるみ割り人形』のバレエ全曲版と演奏会用組曲版の「細かすぎて伝わらない」違い

クラシック音楽やバレエに興味がある方なら、一度は耳にしたことがある『くるみ割り人形』

チャイコフスキー作曲のこのバレエは、クリスマスの風物詩として有名で、美しい音楽と華やかな舞台が楽しめますよね。

『くるみ割り人形』には、バレエ全幕として踊られる「バレエ全曲版」と、演奏会で音楽だけを楽しむために作曲者自身によって再編された「演奏会用組曲版」が存在します。

バレエ全幕の上演よりも先に【演奏会用組曲】が発表されてしまった珍しいバレエ『くるみ割り人形』前に、あるオーケストラ関係者の方が 「『くるみ割り人形』は音楽が出色すぎて、もう踊りが邪魔なくらいだね。」 とバレエ...

この二つは基本的に同じメロディーですが、部分的に楽譜やリズムに微妙な違いがあります。

今回はその中でも「アラビアの踊り」の最後に現れるタンバリンの一音の違いについて取り上げたいと思います。

たった8分音符一音の違いなので、まあ、はっきし言って

知っていても何の役にも立たない知識

ですが、話のネタにはなるはずなので、トリビアとして読んで頂ければと思います。

まずは「アラビアの踊り」のおさらい

「アラビアの踊り」は『くるみ割り人形』の第二幕で、主人公クララが「お菓子の国」に招かれた後に登場します。

各国の人たちが、その国のお菓子や特産品をイメージしながら次々とそれぞれの自慢の踊りを披露する中で、「アラビアの踊り」はエキゾチックでしっとりとした雰囲気で、コーヒーをイメージして踊ります。

音楽は、低いクラリネットや弦楽器の響きが神秘的で、タンバリンのアクセントが特徴的です。

『くるみ割り人形』はバレエであることを知らない!?演奏会用組曲しか聴いてない(演奏していない)人とバレエ関係者の認識の違いについて今回はバレエ『くるみ割り人形』の演奏会用組曲しか、聴いてなかったり演奏してしなかったりする人は、『くるみ割り人形』に対する認識がバレエを...

踊りも柔らかく、しなやかな動きが多用され、バレエに詳しくなくても異国の情緒が味わえる場面ですよね♪

全体的に静かなのに、官能的でどこか引き込まれる不思議な魅力のある踊りで、バレエの物語に深みを与えています。

「アラビアの踊り」の「バレエ全曲版」と「演奏会用組曲版」の違い

さて今回の本題で、この「アラビアの踊り」なのですが、曲の最後の最後、クラリネットの低音が静かに消えた後に聞こえるタンバリンの一音が、バレエ版と組曲版で異なっています。

あとで楽譜と動画を紹介しますが、全曲版では「タン・タタタタ・タン」の2回目の「タン」の最初が8分休符で音がなく、組曲版では2回目も同じリズムで叩かれているのです。

全曲版 「タン・タタタタ・タン」 「(うん)・タタタタ・タン」

     ⇒2回目の始めのタンはなし(8分休符)

組曲版 「タン・タタタタ・タン」 「 タン ・タタタタ・タン」

     ⇒1回目も2回目も同じ

ただし、この違いはあくまでもチャイコフスキーの当初に作成したスコア上のことで、演出家や指揮者よって変えてしまうこともあります。

この違いは一瞬のもので、聞き逃してしまうこともありますが、一部のバレエマニアや音楽マニアでは

「今日のバレエ公演(または指揮者や演出家)はどっちを採用しているのだろう!?」(ワクワク)

と楽しみにしている箇所でもあり、そこがある種の「聞き比べ」ポイントとなっています。

音で確認してみよう!

それではまず実際の演奏を確認してみましょうか!

バレエ全曲版

まずはバレエ版で、下の動画では3分50秒のところです。(動画は最後のクラリネットから始まります。)

もうひとつ挙げておきますが、下の動画では3分40秒のところです。(この動画も最後のクラリネットから始まるようにしています。)

タンバリンの音が鳴っていませんよね☆

演奏会用組曲版

次は組曲版で、下の動画では3分07秒のところです。(動画は最後のクラリネットから始まります。)

組曲版はどれも聞き取りづらい動画しかなかったので、ボリュームを上げて聞いてみてください。

もうひとつ挙げておきますが、下の動画では3分13秒のところです。(この動画も最後のクラリネットから始まるようにしています。)

ちょっと聞き取りにくいですが、しっかり鳴っていますよね!

クリアな演奏だと聞き取りやすいですが、実際の演奏環境や録音状態によっては細かい音の違いが聞き取りにくいことがあるし、タンバリンの音が控えめだと他の楽器の音に埋もれてしまうことも多いかもしれません。

いずれにしても、タンバリンの一音が鳴らす時・鳴らさない時があることは、ガッテンしていただけたかと思います。

スコアでも確認しておこう!

それではスコア(合奏曲・合唱曲などの、すべての声部を記した楽譜)も確認してみましょう!

バレエ全曲版

まずはバレエ版ですね。

青線までがクラリネットの最後で、そこ以降からタンバリンが最後のリズムを鳴らし始めます。

赤丸の中には8分休符がありますよね!

タンバリンを鳴らさない指示となっています。

演奏会用組曲版

一方の組曲版は下のとおりです。

今度の赤丸の中は、8分音符になっていますよね!

個人的には、曲想的にだんだんと湿っぽく静かに終わることを考えれば、バレエ版のように音符を少なくしていった方がいいと思っています。

が、たまに

ただ作曲者か出版社が誤表記してしまっただけじゃないのか!!??

と、斜めに見てしまう自分も正直います。

最後に

今回ご紹介した違いは、明日以降も絶対に役に立たない知識であることは間違いないですが、このタンバリンの一音の違いを知ってしまうと次に劇場や演奏会で聴く時に意外と気になりますよ!

劇場で「アラビアの踊り」が流れた始めた時

「今回はどっちのバージョンだろう?」

と耳を澄ませると、音楽の細かい部分にも目が向きますし、睡魔に襲われがちなこの曲で最後に覚醒することができます。

一緒に劇場に行った人と、賭けもできるし、聞き比べ合戦もできて楽しいかもしれませんね。

次に『くるみ割り人形』をご覧になる時は、ぜひ「アラビアの踊り」に耳を傾けてみてくださいな!