前回は「映画『リトル・ダンサー』のウィルキンソン先生はどうしてラストに主人公ビリーのバレエ公演に現れなかったか」の前編として、
ストーリーの流れとしてウィルキンソン先生がラストに登場しなかった理由(映画的視点)
をお伝えしました。
今回は後編として、
実際のバレエ界の視点から、ウィルキンソン先生がラストに登場しなかった理由(バレエ的視点)
をご紹介したいと思います。
ネタバレありなので、映画を未見の方は、ご覧になってから記事を読むことをオススメします。
前回と同じですが、映画『リトルダンサー』の感想をネットで見ると・・・
「あまりにもバレエの先生への扱いが雑すぎ!」
「最後のシーンに先生も登場させろよ!」
※映画のラスト、主役を踊る大人になった主人公の晴れの舞台に、父親・兄そして親友は来ていたが、主人公をバレエの道に導いてくれた恩師の先生はいなかった。
というのがありました。
前編では映画の視点で、この疑問にお答えしましたが、自分はバレエを十数年以上やっているので、バレエの視点からもお答えしようと思います。
まあ、後編はちょっとした「バレエあるある」としてお読みになっていただば幸いです。
①ストーリーの流れとしてウィルキンソン先生がラストに登場しなかった理由(映画的視点)⇒前回の記事
②実際のバレエ界の視点から、ウィルキンソン先生がラストに登場しなかった理由(バレエ的視点)⇒今回の記事
実際のバレエ界の視点から、ウィルキンソン先生がラストに登場しなかった理由(バレエ的視点)
前編でご紹介したとおり、映画の作りとしては、ウィルキンソン先生は『白鳥の湖』になぞらえてビリーに裏切られるという流れになっていたとお伝えしました。
とは言え、そうではなく、ビリーと先生との師弟関係は途切れてないと思いたいという人は少ながらずいらっしゃるでしょう。
前編の映画的視点でのウィルキンソン先生の扱いをどうしても受け入れられない人もいるかと思います。
なので、リアルなバレエ業界の立場から納得できる説明を5つご用意しましたので、自分が腑に落ちるものを選んで、映画を消化していただければと思います(笑)
いずれもバレエ業界の中では現実としてありえる理由(バレエあるある)となっていますよ。
ロイヤルバレエ団での初舞台は絶対に見ているはず!
前編でウィルキンソン先生はもう他界しているかもしれないことをお話ししましたが、もしウィルキンソン先生が生きているなら、ロイヤルバレエ団でのデビュー公演は必ず見ているでしょう。
ロンドンに行く時はビリーは11歳でしたが、学校を卒業して大人として成長しているなら、ビリーだって家族に連絡すると同時に、ウィルキンソン先生にも声をかけるはずです。
映画で大人になったビリーが出てくるのは、おそらくロイヤルバレエスクールを卒業して、ロイヤルバレエ団に入団し、何年かたってプリンシパルとして踊っている時です。
映画の最後に出てくる『白鳥の湖』はマシューボーンの振付によるもので、大人になったビリーをアダムクーパーが演じていますが、彼はロイヤルバレエ団のプリンシパル時代に、マシューボーンに招かれて、この『白鳥の湖』の初演の主役を演じています。
なので、映画の最後のシーンで出てくるビリーはおそらくプリンシパルになってから日がたち、ある程度有名になってから出演したものです。
ウィルキンソン先生としては、ロイヤルバレエ団のデビュー公演や、もっと言えば、自分が推薦状を書いたロイヤルバレエスクールの卒業公演のほうが、師匠として感慨深いものがあるので、そちらのほうは必ず見に行っているはずでしょう。
ちなみに、映画のビリーのモデルは、ウェイン・スリープというロイヤルバレエ団の元プリンシパルと言われていますので、アダムクーパーの半生を描いたものではないですが、ロイヤルバレエ団やマシューボーンの『白鳥の湖』をわざわざ映画に登場させているので、部分的にモデルとして拝借している言えます。
初演にはいなかったが、別の日にはちゃんと見ていた!
もちろん、ロイヤルバレエ団のプリンシパルとして活躍していたとはいえ、マシューボーンの『白鳥の湖』の初演で主役を演じることも、大きな晴れ舞台と言えるでしょう。
ウィルキンソン先生が生きていたなら、必ず見に行っているに違いありません。
ところで、バレエの公演は何も1日だけではありません。
マシューボーン『白鳥の湖』の場合なら、どちらかというとコンテンポラリーダンスに近いところもあるので、日本で公演があった時も、数週間は続いて催されています。
もちろん初日と最終日は、割とスターダンサーが配役されますが、それ以外の日は主役は数人のダンサーなどで日替わりで踊ります。
なので、映画のビリーが登場した日は、ひょっとすると初日だったかもしれませんが、また別の日でも踊っているはずなので、ウィルキンソン先生はその日に行っていたかもしれませんね。
いや、もしかして映画に登場した舞台の日は、初日ではなく別の日で、ウィルキンソン先生はすでに初日の晴れ舞台をしっかり見ていたとも考えられます。
いずれにしても、ビリーが主役を踊る日は何回かはあるので、ウィルキンソン先生はそのどれかに行っていたと思う(思い込む)のもありでしょう。
ダラムからロンドンは単純に遠い!
遠いでしょ、ダラムからロンドンまでは(笑)
まあ、日本の新幹線みたいので行けば、3時間30分ほどでいくことは可能ですが、乗り換えや待ち時間などを考えると、結局半日以上は移動だけに時間をかけることにはなります。
ウィルキンソン先生は、自分のバレエ教室があるので、容易には教室をあけられないし、代講の先生が見つかればロンドンまで見に行けますが、地方の炭鉱町ではなかなかそうもいきません。
もしかしたら、娘のデビーがあとを継いで教師になっているかもしれませんが、それでも経営者としては簡単に教室はあけられないので、映画に出てきたビリーの公演は泣く泣く諦めたかもしれませんね。
日本のバレエ教室でも、先生もしくは経営者の方が
「教室の卒業生から、バレエ団の公演(もしくはシアターダンサーで出演する予定)のチケットをもらっているんだけど、誰か行かない?」
と生徒に声をかけていたり、チラシを置いていたりするのはよくあることです。
知り合いの先生は、卒業生がバレエ団でけっこういい役を踊るのに、レッスンがあるし代講も見つけられなかったから、行くことができないと嘆いていました。
このようにバレエ教室を運営していると、どうしても土日もレッスンがあるために、バレエ公演を先生が見に行けないのはよくあることですし、ウィルキンソン先生もビリーが踊るロイヤルバレエ団のいくつかの公演はすでに見ていて、映画に出てきた日の公演はたまたま見に行けなかっただけかもしれませんね。
ビリー・エリオットを輩出したということで、有名なバレエ教室になっている!
上記の理由の延長ですが、もしからしたら、あのビリー・エリオットを輩出したバレエ教室で、有名バレエ教室になっちゃってるかもしれませんね(笑)
ロイヤルバレエ団のプリンシパルになった卒業生がいるなんて、バレエ教室にとっては格好の宣伝材料ですから。
実際に日本のバレエ教室でも、生徒獲得の宣伝のために、生徒がコンクールで賞を取ったことを売り文句にしたり、どこそこのバレエ団で卒業生が活躍してることをアピールします。
そうなると、ちょっと遠くからでも生徒がわざわざ習いに来ることも考えられるので、ダラムでも、近場の都市であるニューカッスルやミドルズブラから噂を聞きつけて、たくさんの生徒さんが習いに来てるかもしれませんね。
映画では体育館の一角をレッスンの場にしていましたが、今では体育館並みに大きいバレエ教室がドカンと建っている可能性もあります(笑)
そういうことも考えられますし、そういうことにしておきましょう!
先生はコンテより古典が好き!新解釈の『白鳥の湖』には興味がない!
ウィルキンソン先生は、古典であるクラシックバレエが好きで、コンテンポラリーダンスは好きでなく、それでマシューボーンの『白鳥の湖』だからパスしたということも大いにあり得ます。
ビリーが最後に踊るマシューボーンの『白鳥の湖』は、伝統的なバレエ様式ではなく、演劇や映画の要素が取り入れられているコンテンポラリー系の作品です。
当然、純粋なクラシック様式の『白鳥の湖』だけが好きな人には、ちょっと抵抗感があるかもしれませんし、ウィルキンソン先生がそういうタイプだったこともあり得ます。
マシューボーンの『白鳥の湖』は大ヒット作品ですが、他のコンテンポラリー作品を好んで見る人は、バレエをやっている人でも、残念ながらあまり多くありません。
これは日本に限らず、海外でもバレエあるあるに入るのですが、やはり「コンテンポラリーより古典が好き」という人は多いものです。
ですから、ウィルキンソン先生も主に古典のバレエ作品が好きで、別にマシューボーンの『白鳥の湖』に興味はないから、卒業生のビリーが出演していても、遠いし、ロイヤルバレエ団の公演は見ているから、「まあいいや」となったかもしれませんね。
最後に:才能ある生徒を「手放す勇気」
「すぐれた教師は生徒の心に火をつける」
と言いますが、ウィルキンソン先生はたとえ教え方が下手だったとしても、バレエの素晴らしさ・楽しさを伝えるのは一流だったのかもしれませんね。
ビリーの才能を見抜き、バレエに夢中にさせ、自分の教室に留めようとせず、ロイヤルバレエスクールへの道を開いてあげたウィルキンソン先生の行動は、犠牲愛を伴ったものです。
指導力がないのに、優れた才能を持つ生徒を手放したくないあまり、外の世界を見せず教室に閉じ込めて、その子の才能を伸ばさず、将来をつぶしてしまうバレエの先生も実際にいましたから。
自分は映画の中のメッセージに、ウィルキンソン先生のように才能ある生徒を「手放す勇気」も大事であることを感じ取りました。
見方によれば、映画『リトル・ダンサー』における悲劇の白鳥になぞらえたウィルキンソン先生の物語は、愛する弟子であるビリーが成功したという意味で、ハッピーエンドとも言えるのではないでしょうか。