『白鳥の湖』フィナーレの「謎カット」──チャイコフスキーは書いたのに…ラストで消された24小節
以前の記事では、『白鳥の湖』第2幕グラン・アダージョの最後にある「ドリゴの終止」をご紹介しました。
現在では世界中の多くのバレエ団がこの終止を採用しているため、「白鳥の湖」といえばあの終わり方だと思っている方も少なくないでしょう。
実際、本来チャイコフスキーが書いた続きの音楽を知っている人の方が、むしろ少数派かもしれません。
そのため今では、「ドリゴの終止」は賛否の対象というより、それが普通として定着しています。
この音楽の削除は成功例と言えますが、『白鳥の湖』には、カットするべきではないと思われる音楽の改変もあります。
それが一部のバレエ団が採用しているフィナーレ終結部の「謎カット」です。
代表的なところでは、マリンスキーバレエ団が上演している
コンスタンティン・セルゲイエフ版
でしょう。
今回は、この少し不思議なカットについてご紹介します。
まずは動画で確認してみよう!
百聞は一見にしかず。
まずは実際に聴き比べてみましょう!
次の動画はパリ・オペラ座(ヌレエフ版)のものです。
これはチャイコフスキーの原曲どおりです。
ロットバルトとの最後の対決がクライマックスへ向かい、金管が力強く鳴り響きながら壮大な終結部へ突入していきます。
そして十分な盛り上がりを経て、フィナーレを迎えます。
続いては、コンスタンティン・セルゲイエフ版。
マリンスキーバレエ団(旧キーロフバレエ団)の動画です。
音楽は先の動画と同じところから始まっています。
1:52:30で、本来最後の盛り上がりがあるにもかかわらず、急にプツっと音が途切れて、弦楽器の静かな刻みが始まってしまいます。
(先のパリ・オペラ座の動画の1:36から2:04秒がすっぽり欠けている)
原曲を知らない人であれば、それほど違和感はないかもしれません。
しかし、原曲を知っていたり、いろんな版の『白鳥の湖』を見ているバレエファンからすると
「あれ?ここで終わるの?」
と思わず感じてしまいます。
私自身はどうしても尻切れトンボのような印象を受けます。
音楽がまだ走り続けている途中で、突然ブレーキをかけられたような、あるいはページを一枚飛ばしてしまったような感覚ですね。
次にスコアでも、どの部分がカットされているか見てみましょう。
原曲のスコアで確認してみよう!

黄色の部分がカットされた部分ですね。
先の動画の箇所である24小節分が削除されています。
演奏時間にすると30~40秒ほど。
数字だけを見ると「たった24小節?」と思うかもしれません。
しかし、この24小節は決して単なる繰り返しではありません。
チャイコフスキーはクライマックスの勢いを保ちながら、金管を高らかに響かせ、和音を積み重ねることでドラマを最後の頂点へ導いています。
交響曲でもよく見られる、チャイコフスキーらしい壮大なコーダの書法です。
つまり、この部分は「なくても成立する繰り返し」ではなく、クライマックスを完成させるための重要な24小節なのです。
だからこそ、動画で感じた「あれ?」という違和感の正体が、このスコアを見るとよく分かります。
なぜ「謎カット」したのか!?
では、なぜセルゲイエフ版をはじめ、この24小節をカットするのでしょうか??
残念ながら、その理由を明確に記した資料は見つかっていません。
そのため、ここからは推測になります。
最初は「上演時間短縮かな?」とも思いました。
しかし24小節では30〜40秒程度。
それだけを削るために変更したとは考えにくいでしょう。
むしろ考えられるのは、舞台のテンポを優先した編集です。
チャイコフスキーはクライマックスをさらに押し広げるように音楽を書いています。
一方セルゲーエフ版では、その部分を省略し、より早く次の場面へ進みます。
舞台として見ると、ドラマの勢いを保ったままラストへ移れるという利点はあるのでしょう。
ただ、音楽だけを聴く立場からすると「あと24小節だけ聴かせてほしい!」そんな気持ちになってしまいます。
このカットを採用しているバレエ団
動画をざっと見比べた限りでは、このカットを採用している代表的なバレエ団として
マリインスキー・バレエ
サンクトペテルブルグ・バレエ・シアター
などが挙げられます。
どちらもセルゲーエフ版の系譜にあるため、この終結部が短縮されています。
また、日本でも新国立劇場バレエ団がセルゲーエフ版をもとに上演していた頃は、この「謎カット版」が採用されていました。
現在は版が変更されている可能性もありますので、ご存じの方がいらっしゃいましたらぜひ教えていただけると嬉しいです。
下の動画も同じ箇所から始まるようにしてありますので、聞き比べの参考にしてみてください。
【カットなし(原曲どおり)】
【カットあり(盛り上がりなし】
最後に
以前ご紹介した「ドリゴの終止」も、チャイコフスキーが書いた本来の終結部を削り、新しい終止に置き換えたものでした。
そして今回のセルゲイエフ版もまた、チャイコフスキーの音楽を一部省略しています。
どちらも舞台上の効果を考えて行われた変更だったのでしょう。
しかし今回の約24小節については、どうしても原曲を知っている耳には違和感が残ります。
ほんの30〜40秒足らずのわずか24小節。それでも、この24小節があるかないかで、フィナーレの印象は驚くほど変わります。
だからこそこの部分を「謎カット」と呼びたくなります。
皆さんは、この24小節のカットをどう感じるでしょうか??
ぜひ原曲版とセルゲーエフ版を聴き比べて、その違いを味わってみてください。
きっと、「たった24小節」が想像以上に大きな意味を持っていることに気づくはずです。
