以前の記事では、現在「黒鳥のパ・ド・ドゥ」として知られている音楽のルーツが、チャイコフスキーの原曲では第1幕のNo.5「パ・ド・ドゥ」にあったことをご紹介しました。
1895年、マリインスキー劇場で《白鳥の湖》が蘇演された際、この音楽が第3幕へ移され、現在につながる「黒鳥のパ・ド・ドゥ」が形作られたのですね。

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ところが、実は単純に第1幕から第3幕へ移しただけではありません。
原曲No.5は

 <原曲No.5>
① Tempo di valse(アントレ)

 ② Andante – Allegro(アダージョ – 王子のヴァリエーション??
 ③ Tempo di valse
   (削除もしくは王子のヴァリエーションとして使用??

 ④ Coda: Allegro molto vivace(コーダ)
カッコ内は1895年蘇演版「黒鳥のパ・ド・ドゥ」

という構成。
1895年版では、これらを切り分けたり組み替えたり、さらにオディールのヴァリエーションを別の音楽に差し替えたりして、新しいパ・ド・ドゥが作られました。
今回は、その中でも特に興味深い変更の一つである「王子のヴァリエーション」を見てみましょう。

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原曲では「Andante+Allegro」だった

まず重要なのがNo.5-②です。
原曲では、Andante から Allegro へ続く一つの音楽になっています。
ところが1895年版では、その前半のAndanteが黒鳥のグラン・アダージョに使われます。
つまり

原曲:Andante → Allegro

で、一続きの音楽であったものが

1895年版:Andante=グラン・アダージョ

となり、後半のAllegroは切り離されることになりました。
そして、この切り離されたAllegroが、後に現在の「王子のヴァリエーション」へつながっていくことになります。

下の動画は Allegroに移る直前から始まりますが、現在の王子のヴァリエーションの原曲は、ヴァイオリンによる演奏でメロディーが奏でられているので、そちらも合わせて聴いてみてください。

1895年、王子のヴァリエーションを踊ったのは?

1895年の蘇演でジークフリート王子を踊ったのは、当時50歳の大ベテラン、パーヴェル・ゲルトでした。

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しかし、グラン・アダージョの後の男性ヴァリエーションを踊ったのはゲルトではありません。
担当したのは、のちに『白鳥の湖』の改訂に関わるダンサーのアレクサンドル・ゴルスキーです。
50歳のゲルトが王子役とは言え、年齢的に技巧的なヴァリエーションを踊るのは厳しいものがあり、やや強引ですが別の求婚者の役としてまだ若かったゴルスキーが男性ヴァリエーションを担ったわけです。

では、ゴルスキーはいったい何の音楽を踊ったのでしょうか?

実は、これがはっきりしていません。
今ではあまり音楽として使われることがない No.5-③「Tempo di valse」が男性ヴァリエーションとして使われたとする資料もあります。
一方で、後に現在の王子のヴァリエーションへつながるNo.5-② 後半のAllegroをゴルスキーが使っていた可能性も考えられます。
つまり

「1895年にゴルスキーが男性ヴァリエーションを踊った」ことは分かっていても、何の音楽だったのかは確定できていない

のです。

ちなみに現代でもアレクセイ・ラトマンスキー版のように、No.5-③「Tempo di valse」を男性ヴァリエーションの音楽として使用する例もあります。
この音楽は、次につながるような終わり方をしているので、ヴァリエーションように終結部は変えていますね。

現在の王子のヴァリエーションを決定づけたチャブキアーニ

そして20世紀に入ると、ワフタング・チャブキアーニというダンサー重要な役割を果たします。
1932年、チャブキアーニが踊ったヴァリエーションは、現在の「ジークフリートのヴァリエーション」へとつながるものとして大きな流れを作ります。
それがさきほどご紹介した原曲No.5-② Andante – Allegro から切り離された後半のAllegroを印象的に使用した(踊った)のです。

まあ、もしゴルスキーもこの音楽を使っていたのだとすれば、ゴルスキーはチャブキアーニより前に、このヴァリエーションの原型を踊っていたことになります。
しかし、そのことを断定できる資料はありません。
そのため

ゴルスキー=原曲No.5-② 後半のAllegroを使用した先行例の可能性がある人物

である一方

チャブキアーニ=現在の王子のヴァリエーションを決定的に定着させた人物

と考えるのがよさそうです。
実際、マリインスキー劇場の管弦楽譜では、このヴァリエーションが「Variation of Chabukiani(チャブキアーニのヴァリエーション)」と表記されているとされています。

最後に:「移動」だけではなく「再構成」だった

こうして見ると、現在の「黒鳥のパ・ド・ドゥ」は、単純に第1幕の音楽を第3幕へ移しただけではありません。
原曲No.5を素材として

切り分ける。
組み替える。
別の音楽に差し替える。
そして後世のダンサーによって、さらに形を変える。

そうして現在の形へたどり着いたのです。
王子のヴァリエーションは

1.チャイコフスキーの原曲
2.1895年の蘇演で第1幕から第3幕へ移動
3.原曲No.5-② Andante – Allegroを切り分け
4.ゴルスキーが男性ヴァリエーションを代替で踊る
(原曲No.5-② 後半のAllegro か 原曲No.5-③ Tempo di valse )

5.チャブキアーニが原曲No.5-② 後半Allegroを「王子のヴァリエーション」として踊る

という長い歴史を持っています。
「黒鳥のパ・ド・ドゥ」と聞けば、最初からこの形だったように思えてしまいますが、その裏側には、第1幕の音楽を再構成した1895年の蘇演と、それをさらに発展させた20世紀の男性ダンサーたちの歴史が隠されているのです。