『白鳥の湖』といえば、チャイコフスキーが作曲したバレエ音楽の最高傑作。
しかし、現在世界中で上演されている『白鳥の湖』には、実は

もともと『白鳥の湖』のために書いた曲ではない音楽

が、3曲使われています。
たまにCDで見かける「挿入曲」という表記のやつですね。

どれもチャイコフスキー自身が晩年に作曲したピアノ曲集《作品72》から選ばれ、1895年のプティパ・イワノフによる蘇演版で、指揮者リッカルド・ドリゴがオーケストラ用に編曲して挿入したものなのです。
現在一般的に上演される『白鳥の湖』は、この1895年版をもとにしているものが多いため、多くの人は知らないうちにこの3曲を耳にしているのです。

実はそのうちの1曲は、バレエコンクールでも頻繁に踊られる「あの踊り」の音楽!
『白鳥の湖』のトリビアとして知っておくと、作品を観る楽しみが少し増えるかもしれません。
原曲と踊りの動画も載せておきましたので、比較して楽しんで頂ければと思います。

① 「いたずらっ子(L’Espiègle)」──「黒鳥のヴァリエーション」

3曲の中で最も有名なのが、この「いたずらっ子(L’Espiègle)」でしょう。

現在では、オディールのヴァリエーション、いわゆる「黒鳥のヴァリエーション」の音楽として世界中で使われています。
コンクールでも定番中の定番なので、この曲を「聴いたことがある」「踊ったことがある」という方も多いでしょう。

原曲は同じ旋律ですが、ドリゴの編曲ではテンポがややゆっくりとなり、踊りが舞台映えする華やかなオーケストラ作品へと生まれ変わっています。
面白いのは曲の印象です。
舞台のオディールは王子を陥れるために誘惑する、いわば恋愛詐欺師のような存在ですが、原曲にはもっと子どもが悪戯を仕掛けるような無邪気さがあります。
タイトルどおり、「いたずら」を楽しんでいるような軽妙さが感じられ、同じメロディでも印象は少し異なります。

② 「火花のワルツ(Valse Bluette)」──白鳥たちを彩るワルツ

2曲目は「火花のワルツ(Valse Bluette)」
第4幕の冒頭で、白鳥たちのコール・ド・バレエによる美しいワルツとして使われます。

タイトルだけ見ると華やかなワルツを想像しますが、実際はどこか物悲しく、繊細な雰囲気を持っています。
静かに湖面が揺れるような場面もあれば、感情が一気に高まるような劇的な盛り上がりもあり、その表情の豊かさが白鳥たちの世界によく似合います。
チャイコフスキーらしいメランコリックな美しさが感じられる一曲で、「これがもともと『白鳥の湖』の曲ではなかった」と聞くと驚く人も少なくないでしょう。

③ 「少しショパン風に(Un poco di Chopin)」──最後のパ・ド・ドゥを彩る名曲

3曲目は「少しショパン風に(Un poco di Chopin)」。

タイトルどおり、ショパンのノクターンを思わせるような繊細でロマンティックな作品です。
1895年版では、オデットとジークフリートが再び心を通わせる最後のパ・ド・ドゥで用いられます。

静かに歌うような旋律は、悲しみと希望が入り混じる終幕にぴったり。
派手さはありませんが、作品全体を優しく包み込むような美しさがあります。
この曲は、原曲と踊りの曲想がもともと一致していたと言えるでしょう。

バレエでは音楽が意外と自由に扱われる

クラシック音楽ファンの方は、バレエのこういった「勝手な」音楽の改変に驚くかもしれませんが、バレエでは決して珍しいことではありません。

曲順を入れ替える
一部をカットする
別作品から曲を追加する

といったことは、一般的によく行われてきました。

『ラ・バヤデール(La bayadère)』の「黄金の像(Golden Idol)」とは? 5拍子が魅力の異色ヴァリエーションをご紹介♪以前、「ひがし茶屋街」の記事で『ラ・バヤデール』(La bayadère)の「黄金の像(Golden Idol)」の踊りについて触れまし...

オペラでは作曲家の楽譜が非常に重視されるため、このような改変はほとんど考えられません。
しかし、バレエでは振付家の権限が非常に強く、「舞台としてより良く見せること」が優先されるため、音楽も柔軟に扱われてきました。
1895年蘇演版の『白鳥の湖』も一部の曲が大胆にカットされ、曲順も変更されています。
チャイコフスキーの作曲意図や調性配置が無視されているという批判もありますが、現在の上演においても『白鳥の湖』は大胆に改変された演出を見ることはしばしばです。

CDを買うときはご注意を!

バレエの音楽に対する柔軟な扱いは、CD選びにも関係してきます。

白鳥の湖 全曲盤」と書かれていても、1877年初演版に近い録音では、この3曲が収録されていないことがあるのです。

つまり、「黒鳥のヴァリエーション」が入っていない『白鳥の湖』も存在するのです。
実際、以前コンクールに出場するためCDを購入した女の子が、「黒鳥のヴァリエーションが入ってない!」と大慌てしていたことがありました。

たとえば「アンドレ・プレヴィン指揮コヴェントガーデン王立管弦楽団」の「全曲『白鳥の湖』」のCDは、完全原曲版なので挿入曲3曲は入っていません。
舞台で踊るための音源が必要な場合は、バレエ用の1895年版(プティパ・イワノフ版)をもとにした録音かどうかなどを確認してから購入しなくてはいけませんよね。

1895年版だからこそ成功した『白鳥の湖』の改訂

『白鳥の湖』初演(1877年)は残念ながら大成功とは言えませんでした。
その後、チャイコフスキーの死を経て1895年にプティパとイワノフによる蘇演が行われ、ドリゴが音楽を整理・編曲して現在の形が生まれます。

原曲(作品72) バレエでの使用場所 幕・シーン(1895年プティパ・イワノフ版)
第12曲「いたずらっ子(L’Espiègle)」 オディール(黒鳥)のヴァリエーション 第3幕・黒鳥のグラン・パ・ド・ドゥのヴァリエーション
第11曲「火花のワルツ(Valse Bluette)」 白鳥たちのワルツ 第4幕・湖畔の情景(白鳥たちの群舞)
第15曲「少しショパン風に(Un poco di Chopin)」 オデットとジークフリートのパ・ド・ドゥ(パ・ダクシオン) 第4幕・終幕直前、二人の和解・別れの場面

バレエ史には、「どうしてこの曲を入れた!?」と思ってしまうような挿入曲が使われている作品も少なくありません。

しかし、『白鳥の湖』の1895年版は例外と言ってよいでしょう。
ドリゴの優れた編曲によって、3曲はいずれも作品の世界に自然に溶け込み、今では
「もともと『白鳥の湖』の音楽だった」
と思われるほど違和感がありません。
100年以上経った今も世界中で受け継がれていることが、その完成度の高さを物語っています。

次に『白鳥の湖』をご覧になるときは、「この曲、実は挿入曲なんだ」と思い出してみてください。
いつもの舞台が、少し違った角度から見えてくるはずです。