(男性バレエ栄枯盛衰史④)「バレエを男性に返せ!」バレエ・リュスが取り戻した、男性バレエダンサーの居場所>
”男性の芸術”として誕生したバレエは、ロマンティック・バレエ、そしてクラシック・バレエの時代を経て、舞台の主役を女性を中心とした妖精や王女に奪われていきます・・・。
バレエは男性の王侯貴族中心に宮廷バレエとして始まったにもかかわらず、男性ダンサーは、女性を支える黒子となり、地味な存在へと追いやられてしまいました。
そんな流れに、男性バレエダンサーをジャンプアップさせる芸術集団が1900年代に登場します。
それが、20世紀初頭のパリを席巻させた
バレエ・リュス(Ballets Russes/ロシア・バレエ団)
です。
このバレエ・リュスは、バレエ史における最大級の変革をもたらし、男性バレエダンサーの地位を再び取り戻させます。
今回はこの男性バレエダンサー復権の物語を、覗いてみましょう。
「バレエ・リュス」って何?
バレエ・リュスとは、セルゲイ・ディアギレフ という天才的な興行主が率いたバレエ団です。
人物:セルゲイ・ディアギレフ(興行主・プロデューサー)
時代:1909年〜1929年
場所:パリを拠点にヨーロッパ各地
ディアギレフは、当時のロシア(サンクトペテルブルク)のバレエを見て、ロシア・バレエ(マリインスキー劇場など)は技巧の完成度は高いが、新しさや革新性を欠いていると感じていました。
そこで彼が目指したのが、ダンス・音楽・美術・文学を融合した総合芸術としてのバレエ。
クラシック・バレエのような「おとぎ話」ではなく、もっと崇高で芸術の評論家の心を射抜くよう舞台を作ろうとしました。
そのような試みの中で、男性バレエダンサーにスポットライトが戻ってきます。
男性ダンサーの「復活」と「解放」
クラシック・バレエの時代、男性ダンサーはこんな扱いでした。
役割は女性を持ち上げるサポート役
衣装は地味
見せ場は女性の技巧が中心
——今の感覚で言えば、かなり不遇です。
バレエ・リュスは、この構図をひっくり返してきました。
その象徴が、伝説のダンサーヴァツラフ・ニジンスキー です。
ニジンスキーは、それまで脇役だった男性ダンサーの踊りを
圧倒的な跳躍力
筋肉のエネルギー
むき出しの感情表現
によって、舞台の主役そのものへと押し上げました。
特に有名なのが『薔薇の精』でしょう。
舞台袖へ跳び去るジャンプがあまりに高く、「空中で消えたように見えた」という逸話が残るほど。
もちろん錯覚ですし、今となっては少し盛られた話でしょう。
でも、それくらい観客の常識を壊す跳躍だったのは間違いありません。
新しい題材と振付の革新「お姫様と妖精」からの決別
バレエ・リュスは、ロマンティック・バレエやクラシック・バレエでおなじみの
王子様とお姫様
妖精や幽霊
白いチュチュの世界
を、「古臭い」ものとして切り捨てます。
中心となった振付家 ミハイル・フォーキン やニジンスキー自身は、まったく新しいテーマと身体表現を持ち込みました。
代表作をいくつか見てみましょう。
『シェヘラザード』(1910)
官能的でエキゾチックな東洋の物語。
男性は「優雅な王子」ではなく、野性的で情熱的な奴隷として舞台を支配します。
※個人的にPG-12指定作品(鑑賞する際にはなるべく保護者同伴をオススメ)
『火の鳥』(1910)
ロシアの伝説に基づく幻想的な作品。
王子はもはやお飾りの貴族ではなく、危険に飛び込み、運命と戦う英雄として描かれます。
※鑑賞規定はないですが、敵キャラはグロい
『牧神の午後』(1912)
ドビュッシーの音楽にのせ、エロスと原始的な動きを前面に出した問題作。
振付はニジンスキー自身。
「美しい」よりも「本能的」な男性像が、観客を震撼させました。
※個人的にR-18指定(18歳未満の方の入場・鑑賞が禁止)・・・!?
こうして男性ダンサーは
獣
奴隷
英雄
道化師
といった、力強く感情豊かな、時として野蛮な役柄に挑戦していくこととなります。
豪華すぎる芸術家たちとのコラボレーション
ディアギレフのもう一つの武器は、当時の最高峰の芸術家たちを巻き込む力でした。
一例を挙げると
作曲家:ストラヴィンスキー、ドビュッシー、ラヴェル
美術家(衣装・舞台):ピカソ、コクトー、バクスト
音楽も美術も、従来のバレエとはまるで別格の名前が並びます。
とくにストラヴィンスキー作曲の『春の祭典』(個人的にPG-12指定作品(鑑賞する際にはなるべく保護者同伴をオススメ))では、上演中にダンサー達のカウントを数える声が聞こえたと言われるほどの変拍子で、作品内容も王侯貴族が観たら卒倒しかねないほど、荒々しく、原始的な男性像が描かれます。
バレエ・リュスはもはや「ダンス公演」ではなく、前衛芸術運動そのものだったのです。
最後に:バレエ・リュスが残したもの
バレエ・リュスは、クラシック・バレエによって硬直化していた世界に
男性のエネルギー
肉体性
感情の爆発
を、再び流し込みました。
この革命がなければ、現代のバレエで男性ダンサーが女性と対等に、あるいは主役として踊る姿は存在しなかったでしょう。
