別の記事で、当時まだ珍しかった楽器であるチェレスタが、バレエ『くるみ割り人形』で効果的に使われて大ブレイクしたことにより、猫も杓子も(?)チェレスタを使うようになったことをお話ししました。
実は『くるみ割り人形』では、もう一つまだ当時一般的に演奏されてなかった奏法をチャイコフスキーは採用しています。
それは
フルート(管楽器)の特殊奏法である
「フラッター・タンギング」
です。
特殊と言っても、今では中学生の吹奏楽部でも普通に出てくる奏法ですが、チャイコフスキーの時代にはまだ珍しい部類に入るものでした。
このフラッター・タンギングは「金平糖の精の踊り」のチェレスタと並んで、チャイコフスキーが取り入れた新しい試みの一つなので、バレエ関係者はもちろんオーケストラ経験者の方も知識として知っておくと役に立つことでしょう。
「フラッター・タンギング」とは!?
まずフラッター・タンギングは何なのかですが、ざっくりとした言い方をすれば
巻き舌を使いながら、音を震わせるように
「Trrrrrrr(トゥルルルルル)」と吹く奏法
です。
下のYouTube動画で素晴らしい説明とともに、フラッター・タンギングの実演をしていてくれているので見てみてください。
イタリア語のRの音を発音するように吹いている感じですね。
中国語(北京語)をやっていた人なら、そり舌音(巻き舌音)でなじみがあるので、ひょっとしたら難なく(?)できるかもしれません。
チャイコフスキーは「フラッター・タンギング」をすぐに取り入れた!
チャイコフスキーはこのフラッター・タンギングの奏法を目の当たりにしたときに、チェレスタに出会った時と同じようにインスピレーションを得て、新しい作品に使えると思ったのでしょう。
フルート奏者のアレクサンドル・ヒミチェンコに奏法を確認していることが、手紙などに残っています。
チェレスタの時とは違って、初めに自分が使いたいからフラッター・タンギングの奏法を秘密にするように音楽関係者に指示していた形跡はありませんが、フラッター・タンギングは夢の世界を表現する方法として使えると思ったことでしょう。
肖像画を見ると、いかめしい感じで保守的な雰囲気の漂うチャイコフスキーですが、意外にこのように新しい楽器や奏法を先駆的に取り入れる柔軟な性格の持ち主であったことがわかりますね。
バレエ『くるみ割り人形』の「フラッター・タンギング」
それでは、バレエ『くるみ割り人形』の代表的なフラッター・タンギングを使用した場面をご紹介します。
ここでは2幕の2曲目(No.11)の冒頭で使用しているシーンをご紹介します。
舞台動画(53:18~)
静寂の中から、突然風を切るような音が流れていますよね。
3本のフルートがダイナミックにフラッター・タンギングで演奏しています。
クララとくるみ割り人形の到来を告げるような効果も生んでおり、非常に印象的なシーンです。
フラッター・タンギングに合わせて、チェレスタのアルペジオ(分散和音)が音をつないでいることにも注目ですね。
チャイコフスキーが先駆的に導入した楽器と演奏方法が重なり合う美しい場面です。
最後に
チャイコフスキーのフラッター・タンギング奏法の採用は、チェレスタほど有名ではないかもしれませんが、バレエ「くるみ割り人形」でチャイコフスキーが先進的に用いた手法の一つとして知っておくといいでしょう。
先ほど紹介した場面は、いわゆる組曲版(オーケストラ演奏会用に抜粋されたハイライト曲集)にはない箇所なので、組曲版しか聞いたことない人も一度全幕のバレエ『くるみ割り人形』をご覧になってみてくださいな♪