『白鳥の湖』はなぜ悲劇からハッピーエンドになったのか?──初演の”失敗”、政治、そして「幸せになってほしい」という願い
以前の記事では、『白鳥の湖』には実は複数の結末が存在し、現在よく上演されているハッピーエンドの結末は、チャイコフスキーが最初に作曲した形そのものではないことを紹介しました。
今では「王子と白鳥の姫が結ばれ、悪が滅びる」という結末が広く上演されていますが、もともとの『白鳥の湖』は悲劇であるということですね。
では、なぜこの作品は悲劇からハッピーエンドへと変化していったのでしょうか。
もちろん、ひとつの理由だけで説明することはできません。
今回は、『白鳥の湖』の結末が変化する大きな要因を、3つに分けて見ていきたいと思います。
1. 初演が大成功しなかったことで、自由な改変の余地が生まれた
『白鳥の湖』が現在のような「不朽の名作」として確立しているため、意外に感じるかもしれませんが、1877年にモスクワ・ボリショイ劇場での初演は、決して大成功とは言えませんでした。
失敗だったとまで言うと言い過ぎなのですが、チャイコフスキーの音楽自体は好評であっても、『白鳥の湖』の作品自体は、観客や批評家から高い評価を得ることができませんでした。
その理由はいくつかあります。
まず、チャイコフスキーの音楽が当時のバレエ音楽の常識とは大きく異なっていました。
当時のバレエでは、踊りを引き立てるための華やかな伴奏音楽が求められることが多かった一方、チャイコフスキーは交響曲のような緻密でドラマ性のある音楽を書きました。
現在ではそこが大きな魅力として評価されていますが、当時の舞台関係者にとっては扱いの難しい音楽だったのです。
また、初演時の振付や演出も、十分に作品の魅力を引き出せたとは言えませんでした。
もし初演から圧倒的な成功を収め、「この形こそ完成形」と認識されていたなら、その後の大幅な変更は難しかったでしょう。
しかし『白鳥の湖』は、いわば「まだ完成形が定まっていない作品」として残されました。
そのため、後の振付家や劇場が自由に解釈を加える余地が生まれたのです。
そして1895年、マリインスキー劇場でペティパとイワーノフによる復活上演が行われ、『白鳥の湖』は大きく再構成されます。
この復活こそが、作品が本当の意味で命を得るきっかけになりました。
2. ソ連時代の政治・文化政策がハッピーエンド化を後押しした
『白鳥の湖』のハッピーエンド化を語るうえで、避けて通れないのがソ連時代の影響です。
20世紀のソ連では「社会主義リアリズム」という芸術理念が重視されました。
芸術作品には、悲観や絶望ではなく、未来への希望や勝利を描くことが求められていました。
その価値観の中では、
「純粋な愛を誓った男女が、悪の力によって命を落とす」
という悲劇的な結末よりも、
「愛が困難を乗り越え、悪に勝利する」
という結末のほうが時代の思想に合っていたのです。
1950年、コンスタンチン・セルゲーエフによる改訂版では、ジークフリートがロットバルトを倒し、オデットと結ばれるハッピーエンドが採用されました。
この版はマリインスキー劇場で長く上演され、その影響によって世界中にさらにハッピーエンド版が広まっていきます。
ただし、ここで重要なのは「政治だけが原因だった」ということではありません。
次に述べるように、時代の空気も、もともと存在していた「救いのある結末を求める流れ」を大きく後押しした、と考えるほうが自然でしょう。
3. 「最後には幸せになってほしい」という人々の願い
そして、もうひとつ大きな力になったのが、観客や芸術家自身の中にあった「救いを求める気持ち」です。
『白鳥の湖』の物語を考えてみると、オデットは悪魔ロットバルトによって白鳥の姿に変えられ、自由を奪われています。
そしてジークフリート王子との愛も、本来なら呪いを解く希望になるはずでした。
だからこそ、
「これほど純粋な愛が、最後には報われないのはあまりにも悲しい」
と感じる人がいたとしても不思議ではありません。
悲劇には悲劇の美しさがあります。
しかし一方で
「愛が最後には勝ってほしい」
「苦しんだ主人公には救いがあってほしい」
という願いもまた、観客の自然な感情でした。
『白鳥の湖』のハッピーエンド化は、単なる時代による変更ではなく、この作品を愛する人々が長く抱いてきた願いとも結びついていたのです。
『エスメラルダ』にも見られる悲劇からの変更
実は、物語の結末が大きく変えられたバレエ作品は『白鳥の湖』だけではありません。
その代表例のひとつが『エスメラルダ』です。
ヴィクトル・ユゴーの『ノートルダム・ド・パリ』を原作とするこの物語は、本来は誰一人として救われない宿命的な悲劇です。
ヒロインのエスメラルダは無実の罪で命を落とし、カジモドも悲しい結末を迎えます。
ヒーローの役柄である衛兵隊長フェビュスも、原作ではエスメラルダをあっさり裏切る最低な奴です。
しかしバレエ版では、版によってはエスメラルダが救われる結末へ変更されていますし、なんなら今ではディズニー映画の影響もあってか、元からハッピーエンドだと思っている人も少なくないかもしれません。
ここにも、『白鳥の湖』と同じように
「美しい主人公たちを悲劇のまま終わらせたくない」
という舞台芸術ならではの思いを見ることができます。
舞台作品は、原作をそのまま再現するだけではありません。
その時代の観客が何を感じ、何を求めるかによって、新しい形へ変化していくのです。
最後に――『白鳥の湖』そのものがハッピーエンドだった!
『白鳥の湖』は、初演時では完璧な作品として成功したとは言えませんでした。
しかし、その経緯があったからこそ、後世の芸術家たちは自由にこの作品と向き合うことができました。
そして1895年の復活上演によって名作として蘇り、その後も時代ごとに新しい解釈が生まれ続けています。
悲劇からハッピーエンドへ変化したことも、その長い歴史の一部です。
考えてみれば、『白鳥の湖』という作品そのものが、一度は苦難を経験しながら復活した物語なのかもしれません。
初演では評価されなかった作品が、時代を超えて世界中で愛される存在になった。
そう考えると、『白鳥の湖』は物語の中だけではなく、作品自身もまた――悲劇からハッピーエンドへ歩んだバレエだったと言えるのではないでしょうか。
