バレエ

『くるみ割り人形』の冒頭は「序曲(Overture)」か「小序曲(Overture Miniature」か!?:バレエ全曲版と演奏会用組曲版の「細かすぎて伝わらない」違い

今回も『くるみ割り人形』のバレエ全曲版演奏会用組曲版「細かすぎて伝わらない」違いの一つをご紹介します。

皆さんは、『くるみ割り人形』の冒頭の曲の名称が

バレエ全曲版では 「Overture(序曲)」

演奏会用組曲版では 「Overture Miniature(小序曲)」

と記載されていることをご存じでしょうか!?

組曲版ではあえて「ミニチュア」であることが強調されていて、日本語訳には「小」の文字が追加されています。

日本語では「小」になってしまいますが、smallやlittle(フランス語ではpetite)をあえて使わずMiniatureを使用したことはチャイコフスキーならではの意図がありますので、ここに焦点を当てながら、今回の「細かすぎて伝わらない」違いをご紹介していきたいと思います。

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スコアで確認

まずはスコアで名称の違いを確認してみましょう!

バレエ全曲版

赤枠の中には「Ouverture」とだけ書いてありますね。

フランス語なので英語ではもちろん「Overture」ですが、普通に「序曲」と記載されています。

演奏会用組曲版

「Overture Miniature」となっていて、日本語で言う「ミニチュア」が足されていますね。

作曲段階の構想では「Overture」 だけだったはずなので、Miniatureは演奏会用組曲版の準備段階で付け足したと考えていいでしょう。

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チャイコフスキーの意図したこと

では、なぜチャイコフスキーはバレエ全曲版と演奏会用組曲版で、明確に冒頭の曲の名称を切り分けたのでしょうか?

以下3つの考察をご紹介します。

バレエ作品の短縮版という意味合い。

一つ目は単純に、演奏会用組曲版はあくまでも抜粋であって、バレエの短縮版であることを表したものと言えます。

Miniature自体は「ミニ」ということなので、演奏会用組曲版の「Overture Miniature」はミニバレエとも表現できますね。

実際にバレエの発表会で、組曲版を使って小品集のようにして子供が踊っていた教室もありました。

序曲の楽器編成の特徴を意味している。

二つ目としては、序曲の楽器編成の特徴を示していると考えられます。

Miniatureは、単に「小さい」という意味でなく、「精巧さ」「繊細さ」を含むニュアンスも持っています。

序曲の楽器編成は、チェロとコントラバスなど低弦がなく、またホルン以外の金管やトライアングル以外の打楽器もありません。

低音がないので、全体的に音の流れはやや軽めになってしまうのですが、単純でありながら複雑な構造を持ち、楽器のバランスやフレーズの配置が非常に精巧にできていて、チャイコフスキーの巧みな「音符さばき」が、色彩豊かな精巧で繊細な作品にしています。

バレエ全曲版での序曲は物語の始まりとしての位置づけですが、組曲版では一つの曲として扱うことにより、序曲そのものの性質である「精巧さ」「繊細さ」を強調するためにMiniatureをつけたと言えるでしょう。

単なる「小ささ」や「簡潔さ」を超え、チャイコフスキーの芸術的意図を反映された結果、Overture Miniatureというネーミングにつながったのですね。

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組曲版全体に「細密画」のような意味合いを付加している。

三つ目として、Miniature には「細密画」という意味もあるのですが、チャイコフスキーは演奏会用組曲版全体を芸術作品における非常に精巧で詳細に描かれた小さな絵のように表現したと言えます。

演奏会用組曲版に抜粋された曲は、短いながらも緻密な構造と楽器の配置で色彩豊かな音楽の世界を描いています。

言ってみれば、宝石のような美しい絵(曲)のつながりを一つの絵画の中に散りばめられているとも見えます。

演奏会用組曲版の全体を「細密画」のように夢幻的で繊細に描写する作品だと考えると、この序曲につけたMiniatureはその性質を反映しているのかもしれませんね。

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改めて「序曲」聞いてみよう!

チャイコフスキーの細かい細部の意図を理解したうえで、序曲を聞いてみましょう♪

『くるみ割り人形』の序曲の特徴としては、物語に出てくる曲とは完全に独立した曲となっているところです。

チャイコフスキーの他のバレエの冒頭曲は、『白鳥の湖』も『眠りの森の美女』も共に物語の中の曲を引用しています。

『白鳥の湖』⇒第2幕のオーボエのメロディー

『眠りの森の美女』⇒カラボスとリラのテーマ

『くるみ割り人形』の序曲は前2作と違って、物語に出てくるテーマ曲みたいなものをアレンジしたりせず、完全に独立した曲になっていますよね!

独立しているとはいえ、『くるみ割り人形』の壮大な冒険が始まる前の小さなプロローグのような役割をしっかり果たしています。

おとぎ話しの始まり始まり~♪

のような、暗闇の中でマッチの光が優しくともされる曲で、観客の期待感が増すような素晴らしい出だしです。

最後に

序曲にMiniatureがつくか、つかないかだけのことですが、チャイコフスキーは細かいことにテーマや意味を込める作曲家だったので、その芸術的意図は見逃さないようにしたいですね。

「細かすぎて伝わらない」ことも、意外に重要な意図があるし、それを知っておくとまた違った視点で序曲を聞くことができますよ♪