以前の記事では、『ラ・バヤデール』に登場する「黄金の像(Golden Idol)の踊り」を紹介しました。
黄金の像の踊りといえば、クラシック・バレエでは珍しい5拍子で書かれた作品として有名です。

『ラ・バヤデール(La bayadère)』の「黄金の像(Golden Idol)」とは? 5拍子が魅力の異色ヴァリエーションをご紹介♪以前、「ひがし茶屋街」の記事で『ラ・バヤデール』(La bayadère)の「黄金の像(Golden Idol)」の踊りについて触れまし...

実は、チャイコフスキーのバレエに、もう一つ有名な5拍子の曲があります。

それが、『眠りの森の美女』第3幕に登場する

「サファイアの精の踊り(Variation de la fée-Saphir)」

です。

この曲は初演時にカットされた影響で、現代の演出でも省略されてしまうことがあり、ある意味「知る人ぞ知る名曲」となっています。
今回は、そんなサファイアのヴァリエーションを紹介します。

「サファイアの精の踊り」(Variation de la fée-Saphir)

サファイアの精が登場するのは、『眠りの森の美女』第3幕。
オーロラ姫とデジレ王子の結婚式を祝う祝宴で披露される「宝石たちの踊り」の一場面です。
プティパの初期構想では

金(Gold)
銀(Silver)
サファイア(Sapphire)
ダイヤモンド(Diamond)

という4つの宝石による踊りが用意されていました。
その中でも、サファイアだけは他の宝石にはない特別な特徴を持っています。
それが、5拍子で作曲されていることです。

サファイアだから(?)5拍子になった

『眠りの森の美女』は、振付家マリウス・プティパがチャイコフスキーに細かな作曲指示書を渡して制作されたことでも知られています。
その指示書の中で、サファイアの踊りについては

「サファイアは五面体を連想させる宝石だから、音楽も5拍子で。」

という趣旨の注文が書かれていました。

現代の宝石学ではサファイアを「五面体」と表現することはありませんが、19世紀当時の芸術的なイメージとして、「五」という数字をサファイアの象徴と考えていたのでしょう。

宝石の形を、音楽の拍子で表現する――。

いかにもプティパらしい、舞踊家ならではの発想です。
そして、その注文に応えたチャイコフスキーは、当時のクラシックバレエでは珍しい5/4拍子のヴァリエーションを書き上げました。

5拍子が生み出す、サファイアのきらめき

「5拍子」と聞くと、どこか数えにくく、不規則な音楽を想像する方もいるかもしれません。
しかし、サファイアのヴァリエーションから聞こえてくるのは、そんな印象とはまったく異なる世界です。


スコアを見ると、拍子記号は5/4。(上記画像の青枠)
その横には2/43/4が添えられており、この曲を「2+3」という大きなまとまりで感じることが示されています。

さらに、第1ヴァイオリン第2ヴァイオリン交互にピッツィカートを奏でることで、音が軽やかに受け渡され、まるで光が宝石のカット面を次々と反射していくような響きが生まれます。(上記画像の赤枠)

その音楽から感じられるのは、宝石が光を受けてキラキラと輝くような繊細なきらめき。
変拍子であることを意識させるのではなく、5拍子であることを忘れてしまうほど自然で、美しい音楽なのです。

チャイコフスキーは、単に珍しい5拍子を書いたのではありません。
プティパが求めた「サファイア」というイメージを、リズムや音色によって見事に音楽へと描き出しました。
だからこそこの曲は、男性が踊っても女性が踊っても、その魅力が損なわれることはありません。
そこにあるのは性別ではなく、サファイアという宝石が放つ透明感と輝きそのものなのです。

でも、よくカットされてしまう・・・その歴史的な理由

こんなに魅力的な曲ですが、現在の舞台ではサファイアの踊りが省略されることは珍しくありません・・・。
その理由としてよく「第3幕には踊りがたくさんある」「公演時間の都合」と言われますが、実は歴史的な理由も影響しています。
それは

初演の時点でプティパ自身がこのヴァリエーションの音楽をカットしてしまった

ことです。

せっかく自ら「サファイアだから5拍子で」と注文したのに、その曲は初演では舞台に残りませんでした。
詳しい事情ははっきり分かっていませんが、この時点でサファイアの踊りはレパートリーとして定着する機会を失ってしまいます。
その後もマリインスキー劇場をはじめ、多くの上演版では宝石の踊りは



ダイヤモンド

を中心とした構成となり、サファイアは省略されることが多くなりました。
つまり、現在でもサファイアがカットされがちなのは、初演から続く伝統が大きく影響しているのかもしれません。
考えてみると少し皮肉な話です。
プティパが発案し、チャイコフスキーが見事に音楽化した作品でありながら、その生みの親自身によって舞台から外されてしまったのですから。

最後に

『眠りの森の美女』第3幕には、主役2人のパ・ド・ドゥ以外にも、青い鳥パ・ド・ドゥ、長靴をはいた猫と白い猫、赤ずきんと狼など、誰もが知るディベルティスマンの踊りたちが数多くあります。
その陰に隠れてしまいがちなサファイアのヴァリエーションですが、この短い曲には

プティパのユニークな発想
チャイコフスキーの美しい5拍子
繊細なオーケストレーション

といった魅力が凝縮されています。

他の曲に比べると、確かにそれほど派手ではありません。
けれど、一度じっくり耳を傾けると、その透明感ときらめきは忘れられなくなる魅力あります。
もし『眠りの森の美女』でサファイアの精が登場する上演に出会えたなら、それは少し珍しい機会かもしれません。

「5拍子で、こんなにも宝石のように輝く音楽がある。」

そんなチャイコフスキーの隠れた名曲を、ぜひ味わってみてください。

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