『白鳥の湖』第2幕第11曲におけるバレエ的伝達手段について――踊りでコミュニケーションする白鳥(オデット)と人間(ジークフリート)
『白鳥の湖』第2幕第11曲といえば、まずはオデットとジークフリートの出会いのシーンです。
ここでは、オデットがマイムによって自分の境遇を伝える場面がよく知られています。
でも、今回注目したいのはマイムではありません。
第11曲の魅力は
踊りそのものがコミュニケーションになっている
ところです。
今回は、マイムだけでなく、さりげない踊りで自分の気持ちを表現しているバレエ的伝達手段の魅了をご紹介したいと思います。
「動き」によってやりとりをする
クラシック・バレエというと、まず思い浮かぶのはヴァリエーション(ソロの踊り)。
美しいアラベスク、華麗な回転、高いジャンプ――。
一人のダンサーが音楽に合わせて技術を披露し、それをもう一人が見ている。
そんな構造の踊りも、もちろんバレエの大きな魅力です。
でも、第11曲のオデットとジークフリートは少し違います。
オデットが動く。
すると、ジークフリートが反応する。
ジークフリートが近づく。
すると、オデットが応える。
またオデットが動く。
今度はジークフリートがそれを受ける。
まるで二人の間に、目には見えない言葉が飛び交っているようで、つまり
「動き」そのものが、相手への返事になっている
これが、この場面の面白さではないでしょうか。
二人の「距離」が感情になる
この場面で特に面白いのが、二人の身体の距離です。
近づく。
でも、まだ完全には近づけない。
離れる。
そして、また相手を意識する。
こうした距離の変化が、そのまま二人の感情の変化として見えてきます。
言葉で
「あなたは誰?」
「怖がらないで」
「あなたが気になる」
などと言わなくても、二人の距離を見ているだけで、そこに関係が生まれていく。
だから第11曲を見るときは
二人の距離感
にも注目してみると面白いと思います。
人間と白鳥のコントラスト
もう一つの魅力は、オデットとジークフリートの身体表現の違いです。
オデットには、白鳥を思わせる繊細な腕や上半身の動きがあります。
一方のジークフリートは、より大きく、力強い男性的な動きです。
二人は、まったく同じ身体表現ではありません。
それなのに、同じ音楽の中で動き、互いの動きを受け渡していく。
その違いがあるからこそ、二人が一緒に踊ったときのコントラストが生まれます。
白鳥のようなオデット × 人間の王子ジークフリート
異なる二人の身体が、少しずつ同じ世界に入っていく。
そこに、この場面ならではの美しさがあります。
音楽の変化も、二人の関係を動かす
第11曲は、最初から最後まで同じ雰囲気の音楽が続くわけではありません。
楽譜上では
Allegro moderato → Moderato → Allegro vivo
と音楽の性格が変化します。
この変化に合わせるように、舞台上の空気も動いていきます。
最初はまだ距離のある二人。
そこから互いを意識し、二人の動きが絡み合っていく。
そして音楽の緊張が高まると、二人だけの世界にも変化が訪れます。
つまり、音楽が単に「踊るための伴奏」になっているのではありません。
音楽、身体、空間、そして相手への反応
そのすべてが組み合わさって、二人の関係そのものが踊りになっているのです。
「踊り」なのに、セリフが聞こえてくる
『白鳥の湖』第2幕第11曲を観るとき、「どんなステップを踊っているんだろう」と見ることのもバレエの楽しみ方です。
でも、「今、二人は何を踊っているのか?」ではなく、「今、二人はお互いにどう反応しているのか?」かを見ると、また第11曲の印象が少し変わってきます。
この場面は、単なるクラシック・バレエの技術を見せる場面ではありません。
「二人の身体が、まるで言葉を交わすように動いている」
だからこそ、台詞がなくても、二人が出会い、互いを意識していく瞬間が伝わってくる。
『白鳥の湖』第2幕第11曲の魅力は、「踊りで会話する二人」というところにあると言えるでしょう。
