『白鳥の湖』には、チャイコフスキーの原曲とは異なる形で受け継がれている部分がいくつかあります。
他作品からの挿入曲や一部のカットなどが有名ですが、その中でも最も知られているものの一つが第2幕(第1幕第2場と表記されることもあります)の「グラン・アダージョ」の最後に用いられる

「ドリゴの終止(Drigo ending / Drigo coda)」


です。
今回は、その「ドリゴの終止」について、実際の音源スコアを見ながらご紹介します。

『白鳥の湖』初演は成功作ではなかった

『白鳥の湖』は現在こそクラシック・バレエの代名詞ともいえる作品ですが、1877年のモスクワ初演は決して成功とは言えませんでした。
その後、チャイコフスキーの死から2年後の1895年、マリウス・プティパとレフ・イワーノフによってサンクトペテルブルクで蘇演されます。

この蘇演版では、指揮者であり作曲家でもあったリッカルド・ドリゴが楽譜の整理を担当し、曲順の変更や一部のカット、他作品からの挿入曲、そして終結部の改変などが行われました。
現在上演される『白鳥の湖』の多くは、この1895年版の流れを受け継いでいます。

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「ドリゴの終止」とは?

「ドリゴの終止」が登場するのは、第2幕の「グラン・アダージョ」
オデットとジークフリード王子が心を通わせる、『白鳥の湖』の中でも最も美しい場面の一つです。
現在上演される多くの版では、このグラン・アダージョは静かな余韻の中で幕を閉じます。

オデットとジークフリードが見つめ合い、白鳥たちが二人を包み込む幻想的な情景。
そのまま音楽も湖の水面に溶け込むように静かに消えていきます。
多くの観客は、ここで「音楽は終わった」と感じるでしょう。

しかし実は、チャイコフスキーのスコアはまだ終わっていないのです。
現在私たちが当たり前のように聴いているこの美しい締めくくりこそが、ドリゴが書き換えた「ドリゴの終止」なのです。

実際に「ドリゴの終止」を聴いてみよう!

まずは、現在もっとも一般的な終わり方を聴いてみましょう。

静かなテンポのまま、音楽はゆっくりと余韻を残して終わります。
では、チャイコフスキーの原曲はどうなっているのでしょうか。
まずスコアを見てみます。

アンダンテの音楽が静かに終わろうとしています。

ところが次のページをめくると・・・

  Allegro. 

拍子も変わり、音楽は突然軽快な2拍子へと進みます。
実際の音源で聴いてみましょう。
1:13:50あたりからAllegroになります!

初めて聴くと驚く方も多いのではないでしょうか。
音楽は

「ああ……終わる……」

という空気を作ったかと思うと
突然

Allegro!!

と走り出します。

もちろん、チャイコフスキーが間違えたわけではありません。
このアレグロは、本来この先に続く踊りへ自然につなげるために書かれた音楽でした。
つまり、チャイコフスキーは「次へ進む音楽」として設計していたのです。

ところが1895年の蘇演版では、このアレグロ部分は演奏されず、ドリゴがアンダンテの余韻を生かした新しい終止に書き換えました。
これが現在「ドリゴの終止」と呼ばれているものです。

今では原曲どおりに演奏されることは、ほとんどない

では、このアレグロまで演奏する演出は現在あるのでしょうか??
私が知る限りでは、ほとんどありません。
YouTubeで世界中の『白鳥の湖』を探してみても、ほぼすべてがドリゴの終止で締めくくられています。ロイヤル・バレエ、マリインスキー、ボリショイ、新国立劇場など、主要なバレエ団も基本的には同じです。

私が実際に原曲どおりの終わり方を耳にした数少ない例は、松山バレエ団の『白鳥の湖』でした。
静かに終わると思っていたところで突然アレグロが始まり「あっ、ここは原曲どおりなんだ」と驚いたことを覚えています。

もし他にも原曲どおりに演奏しているバレエ団をご存じの方がいたら、ぜひ教えていただきたいくらいです。

ドリゴは「素晴らしきカット」を残した

『白鳥の湖』には、チャイコフスキーの原曲から大胆に改変された部分がいくつもあります。
中には、「ここまで変えてしまうの?」と思うような箇所もあります。

しかし、このドリゴの終止だけは例外と間違いなく断言できます。
アレグロへ進むよりも、余韻を残したまま静かに終わる方が、舞台全体の印象としては驚くほど自然に感じられます。

チャイコフスキーは「次へ進む音楽」を書き、ドリゴは「余韻を残す終わり方」を作った。
そう考えると、この改変は単なるカットではなく、舞台芸術として『白鳥の湖』をより完成度の高い作品へ導いた仕事の一つだったのかもしれません。

130年以上にわたり、世界中のほとんどのバレエ団がこの終止を採用し続けていることが、その完成度の高さを何より物語っているように思います。
チャイコフスキーの音楽を損ねてしまったように感じる改変もある中で、この「ドリゴの終止」だけは、「素晴らしきカット」と言えるでしょう。

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