今回は『くるみ割り人形』の「アラビアの踊り」の音楽についてのご紹介です。
すぐに役立つ知識から、明日以降も絶対に役に立たない知識(トリビア)まで8つ取り揃えていますので、踊りや演奏または鑑賞の一助として頂ければ幸いです。
①まずは「本当のアラビアの音楽」を聴いてみよう!
このページをご覧になっている方のほとんどは『くるみ割り人形』の「アラビアの踊り」を聴いたことがあると思いますが、実際の「アラビアの音楽」を聴いたことのある人は少ないと思います。
なので参考までに一度は聴いておきましょう♪
なんだか広大な砂漠を連想させるような音楽ですよね。
西洋音楽に比べると、アラビアの音楽伴奏が控えめで単旋律的と言え、これが声楽となるとア・カペラ(声楽のみで楽器が入らない曲)に近いような音楽となるこもあります。
主旋律に太鼓などによるリズム伴奏が付く事もあり、それもアラビア音楽の特徴の一つですね。
『くるみ割り人形』の「アラビアの踊り」も低弦の動きに軽くスタッカートが入っていて、太鼓をイメージしているような気もします。
②第2幕のディベルティスマンの中では、官能度ナンバー1な踊り!
「アラビアの踊り」は特に女性ダンサーの柔軟性や優雅さを際立たせる振付が多いです。
身体のラインを美しく見せるようなポーズや、滑らかでしなやかな動きが強調されています。
背中をしならせたり、腕や手先の動きで流れるような曲線を描いたりする振付がよく見られますよね。
これらの要素は、音楽のミステリアスでエキゾチックな雰囲気とぴったり合っており、結果的には全体として
官能的で魅惑的なパフォーマンス
になります。
それ故にバレエにまったく関心のなかった人が、この踊りを見ると極度になまめかしい動きに見えてビックリする時もあり、前にある発表会の後のロビーで
「お前よくあんな格好で、あんないやらしい踊りができるな!」
と父親?と思われる人が、娘に向かって言っていた光景に出くわしたことがあります(笑)
確かに露出度の高い衣装で、ハーレムを連想させるような振付だったら、人によってはそう思うのも無理はないかもしれませんね。
③弦楽器は弱音器をつけている。
弦楽器には実は弱音器というアイテムあり、曲の途中でも演奏する曲に合わせて脱着可能という便利なものがあります。
頻繁に使用するものではないのですが、この弱音器を使う有名な曲として「アラビアの踊り」が紹介されることもあります。
※左が弱音器をつけた状態で、右がはずした状態。
単純に音が低くなるだけでなく少しくぐもった音になり、聞きようによってはミステリアスにもなるので、「アラビアの踊り」にはピッタリと言えるかもしれませんね。
静謐でエキゾチックな雰囲気も醸し出すことができるので、個人的にこの弱音器の使い方は素晴らしいチョイスのように思います。
ちなみにスコアにはイタリア語で
「con sordino(コン・ソルディーノ)」
「con sordini(コン・ソルディーニ)」
「con sord.」
と書かれてあり
「ここで弱音器をつけてね!」
と指示されています。
ちなみにもちろん「弱音器を外して」もあり
「senza sordino( センツァ・ソルディーノ)」
「senza sordini( センツァ・ソルディーニ)」
「senza sord.」
などと、スコアに書かれていますよ。
次にバレエの舞台や演奏会で『くるみ割り人形』を鑑賞する時は、「アラビアの踊り」が終わったら、弦楽器奏者がわさわさと弱音器をはずす作業をするので、ちょっと注意してみてもらえればと思います♪
ちなみに、これ、弱音器を持ってくるのを忘れたりすると、弾くことができないという悲惨なことになり、昔アマチュアオーケストラにいた時に、練習の時に弱音器を忘れてこの曲の合わせに参加できなかった人がいました(笑)
曲のラストは湿っぽく静かに終わるし、弱音器がなければ悪目立ちしてしまうので、脱着を忘れないように気をつけないといけない曲です。
④驚異の静かさが求められる「ppppp」(ピアニッシシシシモ)
学校の音楽の授業で
「p」 (ピアノ) ⇒弱く
「pp」 (ピアニッシモ) ⇒さらに弱く
「ppp」(ピアニッシシモ) ⇒さらにさらに弱く
ぐらいは習ったかと思いますが、この「アラビアの踊り」の最後のヴァイオリンの伸ばしではなんと
「ppppp」(ピアニッシシシシモ)
と、舌を噛むような極低の指示を出しています。
弦楽器は「強く弾く」より「弱く弾く」ほうが難しいので、この「アラビアの踊り」のラストは実は大変なところです。
そんな譜面上でも静謐に終わるところなので、踊りでもそれを噛みしめながらしんみりと終わってほしいと思います。
⑤低弦が繰り返し流す「通奏低音」
「アラビアの踊り」は低弦の動きも魅力的なところです。
まるで「パッヘルベルのカノン」のレラシファソレソファが繰り返し流れる通奏低音のように、基本的な音の動きが繰り返されます。
「アラビアの踊り」の”通奏低音”は「パッヘルベルのカノン」とは違い短調で湿っぽい動きですが、どこか原初的な伴奏で神秘性を高める音の流れになっています。
イングリッシュ・ホルンとクラリネットがこの通奏低音にのせてエキゾチックに鳴らすメロディは、主旋律というよりも、低弦が繰り返し流すリズムをエキゾチックにするためのスパイスになっています。
この弱音器をつけた低弦のリズムも「アラビアの踊り」の踊りの魅力の一つなので、その動きをじっくりと聞いてみるのもいいですよ。
⑥クラリネッがおいしい!
ある曲のパート(楽器)で綺麗な旋律やカッコいい動きがあると、オーケストラ業界では
「この曲、〇〇(楽器名)がおいしいよね♪」
と言うことがあるのですが、「アラビアの踊り」に関してはまさに
「この曲、クラリネットがおいしいよね♪」
と言うことができるぐらい、クラリネットが大活躍する曲です。
低弦のリズムにのせて異国情緒たっぷりに響かすクラリネットの音色は、西洋楽器にもかかわらずアラビアを連想させるという「離れ業」ともいうべきことをやってのけています。
フルート以外の木管楽器は、メロディを弾くよりも裏拍をとったり一定のリズムを奏でたりすることが多いので、「アラビアの踊り」のようにメロディの部分が多いのは、主旋律を吹きたいクラリネット奏者には嬉しいところと言えるかもしれませんね。
⑦タンバリンの一音違い
別の記事でも紹介しましたが、「アラビアの踊り」では、バレエ全曲版と演奏会用組曲版で、タンバリンのパートでたった一音異なる箇所があります。
曲のラストにクラリネットの最後のメロディが終わった後のタンバリンなのですが
全曲版 「タン・タタタタ・タン」 「(うん)・タタタタ・タン」
⇒2回目の始めのタンはなし(8分休符)
組曲版 「タン・タタタタ・タン」 「 タン ・タタタタ・タン」
⇒1回目も2回目も同じ
となっていますので、鑑賞の際は注意して聞いてみてください。
たかが一音ですが、これがまた話のネタになって鑑賞後のお茶会にピッタリだったりします(笑)
この一音は、実は指揮者の指示で、鳴らしたり鳴らさなかったりすることもあって
「今日は鳴らすかな? 鳴らさないかな?」
と聞いてる側は見極めたくなる箇所なので、ぜひ鑑賞の楽しみの一つにしてもらえればと思います。
⑧アラビアなのに原曲は「ジョージアの子守歌」
これもまた別の記事でご紹介しましたが、「アラビアの踊り」はその地域名とは遠く離れている、「ジョージア(旧グルジア)の子守歌」を引用しています。
実はまったくアラブと関係はない訳ではないのですが、地域性が違う曲をそれらしいものに仕立て上げるチャイコフスキーの作曲技法には舌を巻きますよね。
上に原曲の子守歌の動画あげておきましたが、これだけ聞くとアラビア色は皆無ですね(笑)
それでも、アラビア風の衣装を着たダンサーを見ながら舞台を鑑賞すると、アラビアの音楽として聞こえるのですから不思議なものです♪
最後に
「中国の踊り」と同様に「アラビアの踊り」も近年は多様性の観点から差別的な側面もあると指摘されているのですが、それでもこの曲の素晴らしさは全く損なわれることはありません。
普段何気なく聞き流している音楽もいろんな側面から見ると新しい発見もあるので、今回あげた曲のポイントを抑えながら、踊りや演奏や鑑賞に役立てていただければ幸いです。