『白鳥の湖』第13曲「白鳥たちのワルツ(Tempo di valse)」――ただ美しいだけじゃない!永遠の名場面にしたイワノフの振付
バレエ『白鳥の湖』第2幕(版によっては第1幕第2場)。
この場面では、白いチュチュをまとったダンサーたちが、腕を優雅に広げて踊る姿を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。
その中で今回フィーチャーするのは、第13曲の冒頭を飾る 「Tempo di valse(白鳥たちのワルツ)」 です。
曲の位置づけを簡単に紹介しながら、あまり取り上げられることはない注目ポイントをご紹介したいと思います。
【1895年版『白鳥の湖』第13曲の曲順】
| 番号 | 曲名 |
|---|---|
| ① | Tempo di valse(白鳥たちのワルツ) |
| ② | Pas d’action(オデットと王子のグラン・アダージョ) |
| ③ | Allegro moderato(4羽の白鳥の踊り) |
| ④ | Tempo di valse(大きな白鳥たちの踊り) |
| ⑤ | Moderato assai(オデットのヴァリエーション) |
| ⑥ | Coda(コーダ) |
「Tempo di valse(白鳥たちのワルツ)」は第13曲の冒頭を飾るコール・ド・バレエ
第12曲の助走を経て、いよいよ始まる白鳥たちの踊り。
第13曲は、楽譜に 「Tempo di valse」と記されたワルツから始まります。
「Tempo di valse」とは、訳せば文字どおり「ワルツのテンポで」という意味で、3拍子の優雅な音楽。
第13曲の1番目の踊りでは、この親しみやすい拍子の音楽が白鳥たちの群舞を彩ります。
振付と一緒に見ると、何気ないワルツの曲が、白鳥たちの羽ばたきの音を連想させてくるのも注目ポイントです。
上半身ではなく、足元で白鳥の優雅さを表現する振付がある!
まず注目してほしいのが、こちらの動画の42秒あたりから登場する動きです。
白鳥たちが小さく跳びながら、片脚を細かく動かしているように見える場面です。
上半身では白鳥らしい優雅さを表現しながら、脚では細かなステップをこなしています。
バレエ用語的ではロン・ド・ジャンブ・アン・レール・ソテ(rond de jambe en l’air sauté)と呼ばれますが、白鳥の表現はどちらかというポール・ド・ブラ(腕の運び)で表現されることが多い中で、このように「足をばたつかせる」ことでも白鳥をイメージさせるところは、ちょっとした注目ポイントと言えるでしょう。

ロン・ド・ジャンブ・アン・レール・ソテをきれいにやらないと、ともすれば脚が痙攣しているように見えるだけになってしまうので、音楽の情感に合わせながら、優雅さを保ちつつステップを踏まなければいけないところですね。
版によってはたまに別のステップに変えてしまう振付もあるのですが、この「Tempo di valse(白鳥たちのワルツ)」を鑑賞する時は、このロン・ド・ジャンブ・アン・レール・ソテが登場するかしないかも意識して見てもらえればと思います。
白鳥たちの動きが、「コントラクション・アンド・リリース(Contraction and Release)」を想起させる!?
もうひとつの注目ポイントは、曲の中間部で白鳥たちが交互に腕をアン・オーにするところです。
下の動画の9分23秒あたりから登場する動きです。(動画は該当箇所から始まります)
アン・オーとは、両腕を頭上に上げるポジションのこと。
この場面では、4人もしくは8人のダンサーで腕を交互に上げることによって、群舞の中にダイナミックな動きの連なりが生まれます。
この場面を見ていると、自分はなぜか、モダンダンスの振付家マーサ・グレアムを思い出します。
グレアムの代表的な技法に、「コントラクション・アンド・リリース(Contraction and Release)」 があり、白鳥たちの踊りも、まさに「収縮と解放」を交互に使い分けていると言えます。
呼吸と結びついた身体の収縮と解放を重視する技法ですが、もちろん、白鳥たちの腕の動きがグレアムの技法と同じというわけではありません。
それでも両者に呼吸と身体の動きとのつながりを感じる瞬間があり、観客に優雅だけではない視覚的な躍動感を与えています。
踊りは、腕や脚を決められた位置に動かすだけではありません。
呼吸が動きと結びつくことで、自然な流れや生命感が生まれます。
クラシック・バレエとモダンダンス
様式は違っても、身体を通して音楽や感情を表現するという点で、通じるものがあるのかもしれませんね。
シンプルなワルツを、これほど美しい白鳥の踊りしたイワノフを忘れるな!
最後に触れておきたいのが、振付家レフ・イワノフです。
バレエ史を語るとき、どうしても名前が挙がりやすいのは、数々の名作を生み出した振付家マリウス・プティパで、イワノフはその陰に隠れがちですが、『白鳥の湖』の白鳥たちの踊りを語るうえで、第2幕と第4幕の振付を担当したと言われるイワノフの功績は決して忘れてはいけません。
チャイコフスキーの音楽が素晴らしいことは、いうまでもありません。
しかし、ワルツという親しみやすい3拍子に、白鳥たちの優雅な腕の動き、脚の細かなステップ、そして群舞ならではの統一感を組み合わせ、これほど印象的な舞台に仕立てたことは、本当に見事です。
白鳥たちは、一羽一羽が踊っているだけではありません。
全員の動きが重なり合うことで、群れ全体がひとつの生き物のように見えてきます。
腕の動きが連なり、隊列が整い、白いチュチュが舞台いっぱいに広がる。
その美しさは、ソリストひとりの華やかな技巧とはまた違った魅力を持っています。
もちろん、現在上演されている振付には、その後の改訂や伝承も関わっているため、舞台上の細部すべてをイワノフひとりの創作とすることはできません。
それでも、『白鳥の湖』の湖畔の場面の基本形態を作ったイワノフの功績は、バレエ史に残る大きなものと言えるでしょう。
