今回はバレエ『くるみ割り人形』の初演についてのお話しです。
『くるみ割り人形』は、実はオペラとの2本立てで初演されました。
一公演のうちに、まずは1幕物のオペラ『イオランタ』を上演し、次にバレエ『くるみ割り人形』を上演しました。
当時のフランスのオペラ座ではこのような上演形式が一般的だったので、それを真似てみた感じですね♪
ここでは、一緒に上演されたオペラ『イオランタ』の概要と、バレエ『くるみ割り人形』との関係をご紹介したいと思います。
オペラ『イオランタ』の概要
まずは、2本立て公演で先に上演されたオペラ『イオランタ』の概要です。
中世の南フランスが舞台で、生まれたときから目の不自由なイオランタが、父のルネ王の禁令を破って花園に入ってきた騎士ヴォーデモンによって愛に目覚め、ムーア人医師による手術を受けて視力を回復し、めでたく二人が結ばれる
というお話しです。
『イオランタ』はチャイコフスキーのオペラでは珍しくハッピーエンドの物語で、もちろん今でも上演されています。
女性が主人公、かつ周囲の人の助けを借りて自立的に行動するそのキャラターは、バレエ『くるみ割り人形』の主人公クララに通じるものがありますよね。
世の中には人と人とのディスコミュニケーションが悲劇を生む題材は多いですが、『イオランタ』は最後には登場人物それぞれの想いが結び合って幸せな結末になるのが、観客の心を温かくしてくれます。
1幕物で1時間40分程度で観賞しやすいので、機会があれば見てもらえればと思います。
オペラとバレエの「2本立て」形式で初演された『くるみ割り人形』
先に紹介したように、初演はこのオペラ『イオランタ』をやり、それからバレエ『くるみ割り人形』の上演をおこないました。
『イオランタ』の内容を見ると、『くるみ割り人形』と密接につながっていることがわかります。
2つの作品を並べて一公演として大きく見ると、『イオランタ』が第1幕であり、『くるみ割り人形』の第1幕と第2幕が、一つの公演の第2幕・第3幕に当たることがわかります。
そう見るとバレエ『くるみ割り人形』そのものが、ハッピーエンドで無事に終わったオペラ『イオランタ』のディベルティスマン(余興)だったことが見えてきます。
ちょうどう『眠りの森の美女』の第3幕結婚式のディベルティスマンの踊りのように、2本立てにおけるディベルティスマンの役割が『くるみ割り人形』に当たっている感じですね。
オペラ『イオランタ』⇒第1幕(本編)
バレエ『くるみ割り人形』第1幕・第2幕⇒2本立て上演の第2幕・第3幕に当たる(ディベルティスマン)
たまにバレエ『くるみ割り人形』の第1幕の始めの方はマイムが多くて踊りが少ないと言うバレエ愛好者がいますが、2本立ての視点で見ると『くるみ割り人形』の第1幕は、大きな作品の中間部(第2幕目)にあたるので、お口直し的にちょっとマイムが多いのも納得できる感じがしますね。
初演の「2本立て」形式は、結果的に現代にはちょうどいい上演時間となった!
オペラとバレエを一公演でまとめて上演するなんて、現代ではなかなか考えられないやり方ですが、この頃は芸術は時間とお金に余裕のある身分の人達が楽しむものだったことが伺えますよね。
フランスではバレリーナ目当てのおじ様たちが、先に上演していたオペラが終わる頃にやってきて「バレエ観賞」を楽しんだようです。
でも、実はこの2本立てのおかげでバレエ『くるみ割り人形』は、現代の鑑賞時間としてはちょうどいい長さとなったと言えます。
初演自体がオペラとの2本立てで企画されたので、オペラ・バレエそれぞれの上演時間を短くする必要があり、『くるみ割り人形』も上演時間約1時間30分となって、結果的に現代ではちょうどいい長さとなりました。
『白鳥の湖』や『眠りの森の美女』の全幕は、カットなしですべての曲を演奏すると3時間ぐらいかかることもあり、どうしても第3幕目で息切れする感じになる時もありますが、『くるみ割り人形』は初演時では短い作品としての扱いだったとしても、今の我々が見ると単独上演でちょうどいい長さですよね。
気軽に楽しめる上演時間の作品ですし、第1幕が現実の世界で、第2幕がファンタジーの世界となっていて、2つの世界観を楽しめる形式になっています。
クリスマスツリーが大きくなるところ以外は大がかりなセットもそれほど必要なく、中小規模のバレエ団でも上演しやすい作品ですし、曲そのものも素晴らしいのでバレエ教室の発表会でも非常に使い勝手のいい作品と言えるでしょう。
「2本立て」のおかげで「雪のワルツ」の合唱団を改めて用意する手間が省けた!
『くるみ割り人形』では、第1幕の「雪のワルツ」のシーンでは、ヴォカリーズ(歌詞がない母音などによって歌われる歌唱)の合唱が出てきますが、これも先にオペラで歌った団員を使いまわせたはずなので、当時の上演形態では都合が良かったことでしょう。
「雪のワルツ」のためだけに合唱団を改めて雇う必要はなかったので、準備が楽だったと思います。
現代の上演ではたまに合唱団を用意せずに、他の楽器で声の部分を代用する演出も多いですが、初演が2本立ての上演だったことを考えると、当時は合唱パートを入れるのも容易だったことがわかりますね。
チャイコフスキーが2本立てを念頭にいれて、「雪のワルツ」に合唱を入れるということをしたわけではないと思いますが、少なくとも先にオペラで出演していた歌手を再度合唱で使うことができたのは、結果的に都合が良かったと言えますよね。
最後に
バレエ『くるみ割り人形』の初演がオペラとの2本立てだったことを考えると、いろんなことが見えてきて面白いですね。
今では2本立ての上演をすることはなく、オペラ・バレエそれぞれの単独上演が一般的ですが、パリオペラ座では、この『イオランタ』と『くるみ割り人形』を劇中劇の手法を用いたりすることによって一つの作品にまとめあげている作品もあります。
うまく2つの異なるジャンルの物語をミックスしていて、けっこう斬新で面白いので興味のある方は見てみてくださいな♪