前に、あるオーケストラ関係者の方が
「『くるみ割り人形』は音楽が出色すぎて、もう踊りが邪魔なくらいだね。」
とバレエ関係者の怒りを買うような発言をしていました。
踊りが邪魔は言い過ぎにしても、確かに『くるみ割り人形』の音楽はかなり完成度が高いと言え、実のところ『くるみ割り人形』は全幕バレエの初演より先に音楽だけが演奏会用組曲として発表されてしまった珍しい作品です。
普通はオペラでもバレエでも、演奏会用組曲というのは、それらの作品が上演されてからのちに編まれるものですが、『くるみ割り人形』はまったくの逆で、先に音楽が世に出てしまったのですね。
今回は『くるみ割り人形』の音楽が、どうして全幕上演より先に演奏されてしまったかのお話しをするとともに、演奏会用組曲についてもご紹介したいと思います。
普通は「演奏会用組曲」は、あとから作られるものなのに・・・
なぜバレエの上演をする前に、演奏会用の組曲版が発表されてしまったかの経緯ですが、それはチャイコフスキーの苦肉の策とも言える理由です。
『くるみ割り人形』の作曲で忙しいところに、ロシア音楽協会から自作の演奏会依頼が舞い込み「どうしよう・・・」となってしまい、やむを得ず作曲し終わっていた『くるみ割り人形』の曲の中から、自分で曲を選択して先に演奏会用の組曲として発表してしまったからです。
通常組曲は本来のバレエの舞台を上演した後に、人気だった曲などをピックアップして作られるものなのですが、窮地に立たされたチャイコフスキーは、曲を使いまわす形で、やむにやまれず先に音楽からフライングして発表してしまったのですね。
ただこのフライング演奏会は大好評だったので、実際の幕物上演の追風になったことでしょう。
特に「金平糖の精の踊り」のチェレスタはチャイコフスキーの期待通り大好評だったので、チャイコフスキー本人も結果オーライな心境だったのではないかと思います。
演奏会用組曲『くるみ割り人形』
それでは演奏会用組曲の『くるみ割り人形』も見ておきましょう。
作曲者自身がセレクトしたものなので、よほど自信があった曲ばかりでしょうし、実際よく耳にする名曲ばかりです。(演奏時間は約20分ぐらい)
第1曲 小序曲 (Ouverture miniature)
性格舞曲 (Danses caractéristiques)
第2曲 行進曲 (Marche)
第3曲 金平糖の精の踊り (Danse de la Fée Dragée)
第4曲 ロシアの踊り(トレパック) (Danse russe (Trepak))
第5曲 アラビアの踊り (Danse arabe)
第6曲 中国の踊り (Danse chinoise)
第7曲 葦笛の踊り (Danse des mirlitons)
第8曲 花のワルツ (Valse des fleurs)
オーケストラ関係者の方なら弾いたことがある人も多いし、選曲に何の違和感はないと思います。
が、バレエ関係者の方には首をかしげるところもあるかもしれません。
たとえば、ある大人バレエの方は
「なぜ「スペインの踊り(チョコレート)」だけ除外されているの??」
と自分が踊った曲がはずされていて、ちょっとすねていました。
確かになぜバレエの2幕のディベルティスマンの踊りの中で、スペインの踊りだけが仲間外れなのかちょっと不思議ですが、尺の問題?もあるかもしれません。
ちなみに「ジゴーニュ小母さんと道化たち」も省かれているのですが、こちらは全幕バレエでもカットされる場合があるので納得はできます。
また、「金平糖の精の踊り」も組曲版では小さな(雑な)扱いです。
バレエの視点からだと、「金平糖の踊り」はまさにオオトリの超重要ヴァリエーションですが、組曲版では「花のワルツ」で最後に盛り上がって終わろうというチャイコフスキーの意図が感じられますね。
まあ、この演奏会用の組曲が頻繁に演奏されてきたからこそ、本家の幕物バレエにもフィードバックされてバレエ上演も続いてきたわけですし、この組曲編成は結果的に良質なプロモーションになったと言えるでしょう。
他の演奏会組曲もある!
ちなみにチャイコフスキーのチョイスではありませんが、第2組曲なるものもありまして、そこにはしっかり「スペインの踊り」が入っています。
第12曲 ディヴェルティスマン (Divertissement) チョコレート (Le Chocolat – Danse espagnole) 【スペインの踊り】
第8曲 情景 (Scène) 【松林の踊り】(Une forêt de sapins en hiver)
第9曲 雪片のワルツ (Valse des flocons de neige)
第14曲 パ・ド・ドゥ (Pas de deux) 【金平糖の精と王子のパ・ド・ドゥ】
第15曲 終幕のワルツとアポテオーズ (Valse finale et apothéose)
いろいろな指揮者や音楽関係者が組曲を編んでいるので、曲順も含めて統一したものはありませんが、少なくとも上記の曲からだいたいは編まれています。
バレエ関係者的には、第8曲情景(松林でのクララとくるみ割り人形のパ・ド・ドゥ)や第9曲雪片のワルツのコールドバレエが人気なので、これらが入っているのはちょっと嬉しいですね。
最後に
前述したとおりチャイコフスキーは苦し紛れに演奏会用組曲を編んで、バレエ上演より先に主要な曲をお披露目してしまったのですが、結果的にそれが大ヒットすることになって全幕バレエ『くるみ割り人形』が今日まで上演され続けていると言えるので、CM効果もあり良かったのかもしれません。
逆に言えば、それぐらい『くるみ割り人形』の音楽は傑出していると言え、素晴らしい踊りと音楽で世界中で公演されることになり、バレエも演奏会もクリスマスの風物詩となっているのでしょう。
バレエの『くるみ割り人形』だけしか見たことのない人も、オーケストラの演奏会で組曲版を一度は聞いてみてくださいね♪