今回は『くるみ割り人形』の「スペインの踊り」の音楽的小ネタの盛り合わせです。
演奏会用組曲版では、「ジゴーニュ小母さんと道化たち (La Mère Gigogne et les Polichinelles)」と共に第2幕のディベルティスマンからカットされてしまっている「スペインの踊り」ですが、スペインの衣装を見ながらこの曲を聞くと異国情緒を感じることのできる曲ですよね。
「トレパック (Trépak) 」や「花のワルツ (Valse des fleurs)」に比べると、確かに見劣り(聞き劣り?)はしますが、魅力的な要素もあるので、この場を借りてプッシュしていこうと思います。
3つに絞ってご紹介しますので、踊りや演奏をする際の足しにして頂ければ幸いです。
スペインなのに、冒頭はなぜかトランペット!
下の動画にありますが『白鳥の湖』の「スペインの踊り」は、のっけから情熱的な雰囲気で始まりますが、『くるみ割り人形』の「スペインの踊り」はトランペットのちょっとのんびりとした感じで登場するところが意外性のあるところです。
本来、フラメンコやスペインの伝統舞踊にはトランペットは使われないので、これはチャイコフスキーの独自の解釈や音楽的演出の一環だと言えるでしょう。
トランペットのファンファーレのような開始は、聴衆に鮮烈な印象を与え、場面を華やかに切り替える効果がありますが、違和感を感じる人もいるかもしれませんね。
結局のところ、このトランペットの存在は「スペインらしさ」そのものを深掘りするというより、聴衆にインパクトを与えるための芸術的選択だったのかもしれません。
情熱的でエキゾチックなスペインとはちょっと離れてしまいますが、ディベルティスマン群の始めの曲としてはキャッチーなチョイスかもしれませんね。
定番のカスタネットは軽快に鳴っている!
カスタネットが使われている点も、「スペインの踊り」がスペインらしさを象徴しようとしている部分ですね。
カスタネットはフラメンコでよく使われる楽器なので、チャイコフスキーもカスタネットの音色を取り入れることで、スペイン的な雰囲気を醸し出そうとしたのでしょう。
ただ、実際のフラメンコやスペイン舞踊と比べると、「スペインの踊り」はリズムの複雑さや情感の深さは控えめで、むしろロマン主義的な雰囲気も見え隠れしています。
そのため、スペインらしい要素(カスタネットなど)を借りつつ、チャイコフスキー独自の「異国情緒」を描いたとも言えそうです。
カスタネットはスペイン文化だけでなく、ロマ族が関与する広域な音楽文化にも馴染みがある楽器なので、「スペインの踊り」が二重の意味で異文化の象徴になっている可能性もありますよね。
音楽的にも、カスタネットの軽快なリズムが踊りのエネルギーを強調し、観客に大きなインパクトを与える重要な要素になっています。
「スペインの踊り」はスペインというよりジプシーダンス!
『くるみ割り人形』の「スペインの踊り」は、実はスペインの純粋な伝統的舞踊というより、フラメンコやロマ族のジプシーダンスを思わせる要素が強いです。
これは、チャイコフスキーが描く「スペイン」のイメージが、必ずしも歴史や民族に厳密に基づいていないことを反映しているのかもしれません。
フラメンコ自体は、アンダルシア地方にルーツを持ち、ロマ族の文化がスペインの音楽や舞踊と融合して生まれた芸術形式です。
そのため、チャイコフスキーの「スペインの踊り」は「スペインらしさ」というより「ロマ族の舞踊らしさ」というほうが自然かもしれません。
チャイコフスキーは、他の曲でもそうですが、必ずしも本物の民族舞踊を再現することを目的とせず、むしろ各国の「異国情緒」やロマンティックなステレオタイプを音楽で描いています。
「スペインの踊り」も、スペイン的要素を取り入れつつ、彼のイメージする異国的な情熱を音楽で表現したものと言えます。
もっとも、このようなエキゾチシズムやオリエンタリズムなどの「異国情緒趣味」は当時の流行りとも言えるものだったので、チャイコフスキーだけが様々な国の舞踊をステレオタイプ的に取り入れていたわけでないことも注意しましょう。
『ドン・キホーテ』『海賊』『ラ・バヤデール』『ライモンダ』などの作品に代表されるように、遠い異国の地への憧れはバレエにも影響を与えてきたことは頭に入れておきたいところです。
最後に
ずいぶん前にスペインのグラナダまで行き、アルハンブラ宮殿と本場のフラメンコを見てきましたが、やっぱりスペインの南部はチャイコフスキーがイメージした「スペイン」の文化や光景が広がっていました。
スペインも広いので、地域によって文化や風習がかなり異なりますが、スペイン南部に位置するアンダルシア地方はイスラム文化の影響もあり、かなり独特でした。
上の写真はアルハンブラ宮殿に訪れた時の写真ですが、なるほど確かにバレエの作品に取り入れたくもなるよな、と思う見応えのある場所でした。
もし興味のある方はスペインの特に南部地方(アンダルシア地方)を訪れてみるといいで
すよ!