バレエ『白鳥の湖』の「あの白鳥のテーマ」は湖に生息する”葦”を利用した「オーボエ」で始まる!
チャイコフスキーの『白鳥の湖』と聞いて、多くの人が真っ先に思い浮かべるのは、「あの旋律」ではないでしょうか。
どこか遠くから聞こえてくるような、もの悲しく美しい旋律――。
バレエ音楽の中でも屈指の知名度を誇り、クラシック音楽全体を見渡しても「誰もが一度は耳にしたことがある」と言っても過言ではないほど有名な音楽です。
この旋律が登場するのは、第2幕(第1幕2場)第10曲「情景(Scène)」。
そして、この曲を聴くときに、ぜひ注目していただきたい楽器があります。
それが――オーボエです。
第2幕第10曲は、オーボエから始まる
第2幕第10曲「情景」は、冒頭からいきなりオーケストラ全体が鳴り響くわけではありません。
まず、静かな音楽の中からオーボエが「あの旋律」を歌い始めます。
これこそ、いわゆる「白鳥のテーマ」「白鳥の主題」と呼ばれている、あの有名なメロディーです。
この曲が演奏されると、まだ舞台上で大きな動きが起こっていなくても
「ここは普通の湖ではない」
「ここには何か神秘的なものがある」
「これから白鳥たちの世界が始まる」
――そんな空気が、一瞬にして生まれます。それほどまでに、この旋律とオーボエの音色は強く結びついているのです。
では、そもそもオーボエとは、どんな楽器なのでしょうか?
オーボエって、どんな楽器?
オーボエは、フルートやクラリネット、ファゴットなどと同じ木管楽器の仲間です。
見た目は細長い黒い管。
金属製のキーがたくさん並んでいて、ぱっと見るとクラリネットにも少し似ています。
しかし、音の出し方には大きな違いがあります。
オーボエは、楽器の先端に取り付けられた「リード」を振動させて音を出します。リードは1枚だけではなく、薄く削った2枚のリードを向かい合わせにした、「ダブルリード」と呼ばれる仕組みになっています。
演奏者がそこに息を吹き込むと、2枚のリードが細かく振動し、その振動が楽器の管の中で響いて、あの独特なオーボエの音になります。
「哀愁のある音」といえばオーボエ
オーボエの最大の魅力は、なんといってもその音色でしょう。
一言で表現するなら
哀愁を帯びた、どこか人の声を思わせる音
でしょうか。
明るく華やかな音というより、少し鼻にかかったような、細く、しかし芯のある音。
そのため、オーケストラの中でオーボエがメロディーを吹くと、なぜか耳に残ります。
悲しげな旋律。
郷愁を感じさせる旋律。
静かな祈りのような旋律。
あるいは、誰かが遠くでひとり歌っているような旋律――。
こうした音楽を表現するのに、オーボエは非常に向いています。
もちろん、オーボエは悲しい音しか出せない楽器ではありません。
軽やかでコミカルな表現もできますし、明るく牧歌的な音楽にも登場します。
それでも、オーボエの音を聞いたときに「なんだか切ない」と感じる人が多いのは、その独特の音色と表現力によるものと言えるでしょう。
そして、この楽器には「葦」が使われている
ここで、『白鳥の湖』とオーボエの間に、ちょっと面白いつながりがご紹介します。
先ほど、オーボエはダブルリードで音を出す、と説明しました。
では、そのリードは何でできているのでしょう?
実は葦(アシ)です。
正確には、イネ科の植物である**ケーン(葦の一種)**を材料として作られた薄い板状のリードを2枚合わせています。
つまりオーボエは、
葦(アシ)を振動させて音を出す楽器
なのです。
ここで『白鳥の湖』の舞台を思い浮かべてみてください。
白鳥たちがいる場所。
静かな湖。
湖畔に生い茂る植物。
――そこには、当然ながら葦が生えています。
つまり『白鳥の湖』では
湖に棲む白鳥たちの世界を表現する旋律を、その湖畔にも生えている「葦」から作られたリードを持つ楽器(オーボエ)が奏でている
ということになり、葦にも種類があるので少し強引ですが、親和性を感じることができます。
もちろん、チャイコフスキーが「湖だからオーボエを選んだ」というわけではありません。
これはあくまで面白い偶然、あるいはイメージの重なりです。
ただ
『白鳥の湖』 ⇒ オーボエ ⇒ 湖に生息する葦を利用した楽器
と考えると、オーボエの音色がますます『白鳥の湖』に似合っているように感じませんか?
最後に
もちろん、オーボエがこの旋律を担当している理由は「葦だから」ではありません。
音楽的には、何よりもまず、オーボエの哀愁を帯びた、細くても芯のある音色が、この旋律にぴったりだったからです。
白鳥たちが現れる神秘的な世界。
そこでオーケストラの奥から聞こえてくるオーボエ。
その旋律がオーケストラへと広がっていくことで、湖の風景そのものが音楽になっていく…。
チャイコフスキーの『白鳥の湖』が素晴らしいのは、単に「白鳥が出てくるから白鳥っぽい音楽」を書いたのではなく
音色そのものによって、そこにある空気や情景まで感じさせてしまう
ところと言えるでしょう。
